竜の話 その2


ペリー640a『竜と農夫』

川の水嵩が減って、動けなくなってしまった竜が、農夫に、自分を縛りロバ の背に乗せて、

住処まで運んでくれるように頼んだ。そうしてくれるならば、お礼にありと あらゆる富と

幸運をもたらすと約束した。農夫は快く承知すると、竜を縛ってロバの背に 乗せると、彼

の住処へと運んでやった。そして、農夫は竜の縄をほどいて地面に下ろして 自由にしてや

ってから、約束の報酬を要求した。

「お前は、俺様をきつく結んだ・・・・」竜はそう言って更に続けた。「そ れなのに、今度は

金銀を要求するのか?」

「あなたが自分で縛るように言ったのではないですか」農夫が言った。

「俺は、腹が空いたのでお前を食ってやる」竜がこう言った。

農夫は抗って、この件をキツネの裁決に委ねることにした。キツネが農夫に 言うには、

「竜を縛りつけるなんて、馬鹿なまねをしたものですね。それでは、彼をど のくらい縛っ

たのか教えださい」

そこで、農夫は、もう一度竜を縛った。すると、キツネは竜に尋ねた。

「彼の縛り方はこれくらいでしたか?」

「いや、もっときつかった」竜が答えた。そこで、キツネが農夫に言った。

「もっと強く彼を縛って下さい」

農夫がその通りにすると、キツネがこう言った。

「では、彼をロバの背中に乗せて、あなたが見つけたところへ戻して来て下 さい、そして

縛ったまま置いて来るのです。そうすれば、彼はあなたを食べられませんか らね」

それから農夫は、キツネの助言通のことを行った。


この話はシュタインヘーヴェル版などにも取り入れられています。


Aesopus; Steinhowel, Heinrich; Brant, Sebastian. Basel: Jacob <Wolff> von Pfortzheim., 1501

この挿し絵を見ると、「竜」と訳するよりも、「大蛇」と訳した方がよかったようにも思えま

すが、しかし、この話は1600年頃に京都で出版された古活字版「伊曽保物語」に収められ

ており、そこでもちゃんと、「たつ」と訳されています。


伊曽保物語 下.4 たつと人の事

ある河のほとりを、馬に乗りて通る人ありけり。其の傍らに、竜という

もの、水に離れて迷惑するありけり。此の竜、今の人をみて申しけるは、

「われ今、水に離れてせんかたなし。憐れみを垂れ給い、その馬に乗せて、

水ある所へ浸けさせ給わば、その返報として、金銭を賜らん」と云う。かの

人、誠と心得て、馬に乗せて水上へ送る。そこにて、「約束の金銭をくれ よ」

といへば、竜、怒って云う、「なんの金銭をか、まいらすべき。我を馬に

くくりつけて、痛め給うだにあるに、金銭とは何事ぞ」と、挑み争う所に、

狐、馳せ来て、「さても、竜殿は何事を争う給うぞ」と云うに、竜、右の

おもむきをなん云いければ、狐、申しけるは、「我この公事を決すべし。

先にくくりつけたる様は、なにとかしつるぞ」と云うに、竜申しけるは、

「かくのごとし」とて、又、馬に乗るほどに、狐、人に申しけるは、

「いか程か締め付けらるぞ」という程に、「これ程」とて、締めければ、

竜の云う、「いまだそのくらいなし。したたかに締められける」と云えば、

「これ程か」とて、いや増しに締め付けて、人に申しけるは、「かかる無

理無法なる悪戯者をば、元のところへやれ」とて、馬から下り立つ。人、

「げにも」と、喜びて本のはたけにおろせり。其時、タツ、幾たび

やめども、かいなくしてうせにけり。

そのごとく、人の恩を被りて、その恩を報ぜんのみ、却って、人に徒をな

せば、天罰たちまちあるものなり、これを悟れ。


恐らくこの話が、西洋のドラゴンを竜と邦訳した最初の話ではないかと思われ

ます。

ところで、「伊曽保物語」は、シュタインヘーヴェル版の一種から邦訳されていると

言われているのですが、上の挿し絵の生物を「竜」と訳せるものでしょうか?

もしかすると、宣教師が持ち込んだ原本の挿し絵には、こんなだらしのない生物

ではなく、もう少し凛々しいドラゴンが描かれていたのかも知れません。

この後、1659年に出版された絵入りの「伊曽保物語」には、この話に挿し絵が

施されているのですが、その絵でも、馬に縛られた竜が描かれています。しかし、

その竜の頭には角があり逆鱗もちゃんと描かれています。

もちろんその挿し絵は、宣教師の持ち込んだ原本の絵を参考にしたものではなく、

この話から想像して描いたものと思われます。

そして、時代が更に下って、およそ200年後、天保15年元旦(1844)には、

絵入教訓近道 という本が出版され、そこではこの話が、「人とかっぱのはなし」

と変容しています。荒川紘氏によれば、河童は竜の卑属化したものであるそうです。

(龍の起源 紀伊國屋書店) まさに、この話の竜から河童への変容は荒川氏の説

を地で行っているのですが、しかし、元々この話に竜を充てるのには無理があった

のかも知れません。
 
ところで、この「竜と人」の話の原型は次の話であったようです。


知恵の教え 例話五 男と蛇

 森の中を歩いていたある男が、羊飼いたちに引き伸ばされて棒杭に縛りつ けられている

一匹の蛇を見つけた。男はすぐにその蛇を解き放ってやり、心配して暖めて やった。体が

暖まった蛇は暖めてくれている男の体に這って巻きつき始め、ついには男を ひどく締めつ

けた。男は言った、「何をするんだ? どうして悪で善に報いるんだ?」 「本性に従ったま

でだ」と蛇が答えた。男は言った、「親切にしてやったのに、それを仇で返 そうというの

か?」

 こうして激しく言い争っているところへ、狐が判断を下すために呼ばれて きた。彼らは

起こったことをすべて順序立てて狐に説明した。すると狐が、「どうもこの 件については

聞いただけでは判断は下せん、最初にお前さんたちの間がどんな状態だった のかをこの目

で見んことにはなあ。」再び蛇は先ほどと同じように縛りつけられた。狐が 言った、「じゃ

あ蛇さんよ、首尾よく逃げられるもんなら逃げてなみ! こんどはお前だ、 人間さんよ、

蛇の縛めを解いてやろうなんてよすんだな! ぶら下がっているものの結び 目を解いたり

したら、それは解いた者の上に落ちてくるってこと、どっかで読んだことな いのかい?」

以下省略 (知恵の教え ペトルス・アルフォンシ 西村正身訳 渓水社)


知恵の教えは、12世紀の初等、ユダヤ人医師、ペトルス・アルフォンシが、がアラブユダヤ

の説話を編集して初めて西洋に紹介したと言われています。

更にこの話を遡ると次の話となるように思われます。



カリーラとディムナ3.1.1(ペリー617)『寒さに凍えてい た蛇の譬え』P146

もし我われに思慮があるならば、敵の申し込む平和や友情に騙されてはなら ないと思います。

さもなければ、寒さにこごえていた蛇を見付けて、自分の袖の中にかくまっ てやった男のように

なってしまいます。日が射して暖かくなり、着物のぬくもりを感じたとき、 蛇は動き出して男をさ

しました。そこで彼は蛇に、親切に世話をして、面倒を見てやったのに、君 はこんな風にしてお

礼をするのかい』

と尋ねました。すると蛇は、『刺すことは私の流儀ですし、習慣なんです。 また習性でもあり、本

性でもあるんです』と答えました。どんな物からでもその物が生来もつ属性 を取り除いて、本質

とは関係のない他のものを強制するのは愚かなことです。賢明な人は狡猾な 敵を信頼しないば

かりではなく、かえってそれを警戒するのではありませんか。

(カリーラとディムナ 菊池淑子訳 平凡社)


カリーラとディムナは、8世紀の半ばペルシア出身の作家イブヌ・ムカッファイがインドのパンチャ

タントラを翻案して作成した、アラブ古典寓話集なのですが、この話自体はパンチャタントラから

取り入れたのではなく、イソップ寓話から取り入れたようです。


21.農夫とヘビ

 ある冬の日のこと、農夫は、寒さに凍えて今にも死にそうになったヘビを 見つけた。彼は可哀

想に思い、ヘビを拾い上げると自分の懐に入れてやった。

 ヘビは暖まると、元気を取り戻し、本性を顕わにして命の恩人に噛みつい た。農夫は今際の際

にこう叫んだ。

「おお、これも、悪党に哀れみを与えた、当然の報いだ!」
 

悪党には親切にしないのが、一番の親切。

Pe176 Cha82 H97b Ph4.20 Ba143 Cax1.10 Hou17 Charles43 Laf6.13 TMI.W154.2 (Aesop)


恐らくこの話が、一連の蛇に関する話のオリジナルということになると思います。

ところで、「知恵の教」の「男と蛇」の話は、その後次のように変容しています。


ペリー640『兵士とヘビ』

ある兵士が、馬に乗って森を行くと、二匹のヘビが死闘を繰り広げているの を見つけた。すると、

敵にやられそうになっている方のヘビが、兵士に助けを求めてこんなことを 言った。

「馬から降りて、私を助けて下さい。後でお礼はしますから」

兵士は馬から降りるとと、弱い方のヘビを守るために、勝っていた方のヘビ を追い払った。する

と、死の淵から助けられたヘビは、兵士の槍を伝わってのぼって行くと、兵 士の首に巻き付い

て、あらん限りの力で絞めつけた。

「この恩知らずめ! 助けてもらったことへの恩返しが、首を絞めて殺すこ となのか?」

兵士がこう言うと、ヘビが次ぎのように言い返した。

「そうですとも、私はあなたとの約束を果たすつもりなのですよ」

兵士は、この道理に反した恩返しに抗った。

「私は、お前を死の淵から救ってやった。それなのに、お前は私を殺そうと やっきになっている。

私の前から消え失せろ! 他にはどんな報酬も求めぬ」

「私はあなたから離れませんよ」ヘビは更に続けた。「善いことをしてくれ たあなたに、悪で報い

るのは、私にとっては当然のことなのですからね。これが、世の中の摂理な のですよ。あなたさ

えよければ、三つの事例でこのことを示してみせましょうか? これから出 合う三匹の動物に聞

いてみるのです。彼らに判定を仰ぐのです」

兵士はこれに同意した。彼らが最初に会った動物は年老いた馬だった。馬 は、この件について兵

士の説明を聞くと、自分はかつて王様のお気に入りだったが、十分に尽くし た後に、軽んじられ酷

たらしく棄てられてしまった。この経験に則して考えれば、善に対して悪で 報いるというのが、世の

中の掟であるから、当然それは、ヘビと人の間でも行われるべきであると宣 言した。兵士はこれを

認めぬ分けにはいかなかった。次ぎに出合ったのは、憔悴しきった雄ウシ だった。雄ウシは、長年

主人のために、くびきに繋がれ重労働を強いられた後、太らせて屠殺するよ うにと、牧草地に放た

れたのだった。

「私が一生かけて人間に従えてきた労働の見返に、最後に受け取るのがこの ような報酬であるこ

とを鑑みるならば・・・・これが、世の中の掟であるので、あなた方二人の 場合も同じように判断しな

ければなりません」

「兵士よ・・・・」ヘビが言った。「あなたは、二人の賢明な裁判官の判決 を聞いた。さあ、三番目の裁

判官を探しに行きましょう。そうすれば、私の判断が正しかったことが、皆 によって証明されるのです」

最後に出合ったのは、キツネだった。キツネは、議論の趣旨を聞くと、裁判 官として振る舞うことに同

意して、次ぎのような手順でとりかかった。

「まず、ヘビさんにお尋ねします。あなたと兵士が最初に話したのは、何処 ですか?」

「無論地の上です」ヘビこう答えた。

すると、キツネがヘビにこう言った。

「では、もう一度地上に降りてきて下さい。私は、今回の件について、それ ぞれの立場で、別々に判断

しなければなりません、そのためには、あなた方が、離れている必要がある のです。こうしなければ、こ

の件について正しく判断することができませんから」

こうして、ヘビは槍を伝わって地面に降り、彼の判決を聞こうとそこで待っ ていた。すると、キツネが兵士

にこう言った。

「それでは、兵士さんにお聞きします。最初にヘビさんに会った時、あなた は何処にいましたか?」

「槍を手で立て、馬に乗っていた」兵士が答えた。

「そうですか、ではもう一度槍を持って馬に乗ってみて下さい」キツネがこ う言うと、兵士はその通りにした。

そしてキツネがこう言った。

「さあ、あなた方二人は、前と同じ状態になりました。では、判決を言い渡 しましょう。兵士さん、あなたは

何処へでも自由にお行きなさい。そして、以後、悪い者と関わらないように して下さい。こういった連中か

ら得られるものは、悪以外は何もありませんからね。そして、ヘビさん。あ なたは、茨を這い、土を喰らい、

穴の中に生き、惨めな死を迎えるのが運命なのです」


そしてこの話は更に、狐ラインケに取り入れられています。


狐ラインケ

  ある日悪龍がここにやって参りました。
  この蛇あるいは悪龍が
  激しい調子で訴えるには、
  ある男が二度も下された
  裁きに従わぬ由。
  この男もその場に参りました。
  こうして訴えは始まったのでございます。
   蛇はさる穴を這っておりましたが、
  垣根のわきに罠が仕掛けられてありました。
  蛇は罠にしっかとはさまれ、
  にっちもさっちも行きません。
  命も風前の灯と思った所へ、
  一人の男が通りすがりました。
  蛇は叫びました。『お願いだ、
  憐れと思って助けてくれ』
   その男は言いました。『私に
  危害を加えぬと約束し誓うなら
  喜んで助けてやろう、
  なんせその獰猛な顔形がこわいからな』
  蛇はそれを承知し、
  いかなることがあっても決して危害を与えぬ
  と固く誓いました。
  そこで男は蛇を苦しみから救ってやったので
    ございます。
  二人は暫く満道づれとなりましたが、
  蛇はひもじさの余り
  男に飛びかかり、
  ずたずたにして食わんとしました。
  男は命からがら飛び退いて
  言いました。『これが危難を
  救ってやった私への礼か、
  決して害は加えぬと
  固い近いを立てたのに』
  蛇は言いました。『おれは飢えにくるしんでい
   る、
  こんな真似するのも飢えのせいだ。
  おれの行為に申し開きができる、
  生きるか死ぬかの解きは法を破るもやむなし、
   とな』
   蛇がこう言った時、
  男が申しました。『お願いだ、
  何人かの人に出合うまで
  わしを自由にしてくれ。
  その中立の人びとが
  正しく決着をつけてくれよう』
  『では待ってやろう』と蛇は申したのでごさ
   います。
  濠を越えて行きますと、
  彼らはわたり鴉のプルッケブデルと
  その息子クアッケレールに合いました。
  蛇は言いました。『こっちへ来てくれ』
  そして、この件の一部始終を語りました。
  わたり鴉は男を食らってよいと裁きを下しま
   した。
  おこぼれを頂戴できるだろうと、
 虫のいいことを考えたからです。
  蛇は言いました。『おれの勝ちだ、
 誰も文句はあるまい』
  男は言いました。『いや、いかんいかん、
 追い剥ぎがわしに死刑を宣告するのか。
 それにわたり鴉の判決だけではな、
 いっしょに四人か十人の所へ行こう』
  『なら、行こう』と蛇は申しました。
 すると狼と熊に出合いました。
 男はみなの間に立って、
 こりゃまずい事になりそうだと思いました。
 彼は五匹の間におりましたが六人目というわ
  け、
 男に好意をもつ者は一人もおりませなんだ。
 が、蛇、二羽のわたり鴉、狼と熊と、
 みなにはさまれて男は絶対絶命。
 この件の判決を求められて、
 熊と狼は二人して言いました。
 『蛇は男を殺しても構わぬ、
 ひどい飢えに迫られていたのだから。
 やむをえぬ時は誓いや誠実を破るもやむな
  し』
 男は心配と後悔の念に襲われました、
 みなに命を狙われていたからです。
 蛇はやにわに男に飛びかかり、
 毒気を吐きかけました。
 命からがら飛び退いて男は
 言いました。『わたしの命を狙うとは
 実にひどいこと、
 そんな権利はまだないのに』
  蛇は言いました。『それはどう言うことだ、
 二度も判決が下されている』
  すると男の申すには『それは
 追い剥ぎや盗っ人の下したものだ。
 この件、私は王さまにお委せしたい。
 御前に連れて行ってくれ、王さまの判決なら
 どんなものであれ、従うから。
 たとえ不正な判決に苦しもうと、
 どうせ現にひどい目に合っているのだ』
  狼と熊は口をそろえて言いました。
 『望み通りにしてやろう。
 蛇も反対すまい』
 これが宮廷の王さまの御前に
 もち出されたら、連中と
 同じ判決が下されると考えたのでございます。 
 殿さま、ご免蒙って申し上げます。
 男とともに宮廷に参ったのは
 蛇、熊、二羽のわたり鴉で、
 それに狼が三匹来ました、
 子供を二匹連れて来たからです。
 この子らは男をひどく苦しめました。 
 イデルバルヒとヌムメルザットは、
 いっしょに男を食らおうとの下心で
 父親とやって来たのでした。
 ご存じの如く、二匹とも大食漢で、
 吠え猛り、下司の御殿風も心得ず、
 それゆえ、殿さまに宮廷お出入りを差し止め
  られたのです。
  その男は殿さまに向かって叫びました。
 大きな功徳を施してやった蛇に
 害を加えられようとしている、
 お礼に自分には危害を与えぬとの
 保障と固い誓いを
 もらったのにと、訴えました。
  蛇は『その通りだが、
 ひもじさに迫られてそうしたのだ、
 飢えにまさる苦しみなし』と申しました。
 王さま、殿はどちらの言い分も
 もっともなこの件について、
 ひどくお悩みになりました。
 困っている所を助けた男に
 死が宣告されたことに、
 殿はいやな顔をされました。
 またひどい空腹のことも思いやられました。
 そこで殿は顧問団に諮られましたが、
 一同自分の思惑通り
 皮を剥ぐのに一役買おうと、
 男に不利な助言をしたのでございます。
  そこで殿は早速
 狐ラインケに使いをやりました。
 ほかの連中は評議を重ねても
 判決を下すことができなかったからです。
 殿はラインケに一部始終を伝え、
 よきに計らい
 判例を下せと申されました。
 つらつら考えてラインケは申しました。
 『殿、男が蛇に合った場所へ
 早速参りましょう。
 その時同じように
 蛇が罠にかかっているのを
 見たら、私めは
 ただちに判決を下しましょう』
 こうしてその時とまったく同じように、
 蛇が同じ所で
 罠にかけられました。 
  ラインケは申しました。『さて、これで
 二人とも損得なしの
 現状に復した。
 ではただちに判決を下す。
 男はその気があれば
 誓わせた上蛇を放してやるもよし、
 その気がなければ、正正堂堂
 蛇をそのままにして
 勝手にわが道を行くもよし。
 蛇が罠から放たれたら、
 男に不実な行いをしたからだ。
 いまや以前と同じように
 男に選択権がある。
 これこそ法の精神と思われる、
 異を唱える者は申し立てよ』
 
以下省略

(Lubeck 1498 狐ラインケ  藤代幸一訳  法政大学出版局)



下の絵は、この狐ラインケの挿し絵なのですが、少し注意して見て下さい。


 

さて、この絵に、おかしな点があるのに気付かれたでしょうか。蛇(龍)の首に注目して下さい。首がどういう わけか切れ

ているのです・・・・これは印刷ミスなどではありません。実はこの絵は、シュタインヘーヴェル版系の別な話 の版画を流

用しているのです。


キャクストン2.10(シュタインヘーヴェル30) 主人と蛇

  
 他人を害することに専念する者は安心してはならない。これに関 してイソップはこういう寓話を語っている。

 蛇がある貧しい男の家に出入りしていた。蛇はその者の食卓から落ちたも のを食べて生きていた。このためこの貧しい

男に幸運が舞い込んで、彼は大金持ちになった。だがある日、彼は蛇に対し て腹を立てて、大きな棒で蛇を打ち、重傷を

負わせた。そこで蛇は彼の家を出ていき、二度と帰っては来なかった。しば らくすると、この男はふたたびひどく貧乏になっ

た。そこで彼は、蛇の運がついて金持ちになったことを思い出した。そして 蛇を打ちすえたことを大いに悔やんだ。そこでこ

の貧しい男は、出掛けて行って、蛇の前に頭を下げて、「おまえに危害を加 えたことをどうか許してくれ」と言った。すると蛇

はこの貧しい男にこう答えた。「おまえさんが自分の悪行を後悔するなら、 それは許してやろう。だが、おまえさんの悪意は

一生忘れないよ。私を一度傷つけたおまえさんのことだ。いつまた私を傷つ けるかもしれないからね。おまえさんにつけられ

た傷は、おまえさんが私に悪さをしたことをけっして忘れないだろうよ」

 ゆえに、かつて悪者であった者は、いつまでも悪者とみなされつづけるだ ろう。従ってまた、被害を蒙っても相手に疑いを

抱かない者は真実の友と見なしてよいのである。
 

(キャクストン版 イソップ寓話集 伊藤正義訳 岩波ブックセンター)


シュタインヘーヴェル
Aesopus; Steinhowel, Heinrich; Brant, Sebastian. Basel: Jacob <Wolff> von Pfortzheim., 1501  

キャクストン版では、「大きな棒で蛇を打った」となっていますが、シュタインヘーヴェル版では「長い刀」と なっています。

また、「斧で傷つけた」というような版もあります。

この他、狐ライネケの話のには、シュタインヘーヴェル版から、「馬と鹿と狩人」 「驢馬と小犬」 「狐と 猫」 「狼と鶴」 な

どの挿し絵も流用されているのですが、それらは話と絵が一致しています。

ところで、この蛇の頭に生えている三本の角のようなものなのですが、金田鬼一のグリム童話の解説に次のよう なことが

書いてあります。


「ウンケ」とは、古代高地ドイツ語はもとより、中世高地ドイツ語でも、こ めかみのうしろに月形の斑紋(雄は黄色、雌は白色)

が二つある無毒の蛇の名称であり、これが今日でもウェストファーレンの ヘッセン地方に方言として残存使用されています。

 蛇のおはなしによくでる「蛇のかんむり」というのは、この環なりの斑紋 のことです。また、この蛇は建物の中にすまってい

て、牛乳が大好きなのだそうです。 

KHM105の『蛇のお話・ひきがえるのお話 第一話』の解説 (グリム童話 金田鬼一 岩波文庫)


シュタインヘーヴェル版の挿し絵に見られる蛇の角? は、「蛇のかんむり」なのかも知れません。

では、このグリム童話を見てみたいと思います。


KHM105の『蛇のお話・ひきがえるのお話 第一話』

 むかし昔、あるところにちいさい子どもがありました。毎日おひるすぎに なると、おかあさんは、この子どもに牛乳と上等の

三角パンをのせた小さいお皿をあてがうことになっていました。子どもはそ のお皿を外へもちだして、お庭にすわるのですが、

子どもが食べはじめると、頭に輪がたのついてる蛇が、壁のわれ目からはい だしてきて、ちいさなあたまを牛乳のなかへつ

っこんで、おしょうばんするのです。子どもは、それがうれしくってたまり ません。それで、じぶんがお皿をもっていつものところ

へすわったときに、へびがすぐやってこないと、子どもは、

  「へみちいちい、へみちいちいや、はやくおいで、
  こっちへでてこい、小うぼうず、
  おまえのパンをあげましょう、
  おいしいおちちもおのみなさい」

と、へびに呼びかけます。そうすると、蛇は、にょろにょろ、いそぎあしに でてきて、ごちそうをおいしそうに食べるのです。
 
 ところで、へびのほうでも、自分のないしょないしょのお宝庫か ら、いろいろのきれいな品ものだの、きらきら光る石だの、真

珠だの、黄金のおもちゃだのを、子どもにもってきてやりました。これでみ ると、蛇も恩を知っているのです。
 
 けれども、へびは、牛乳を飲むばかりで、パンはうっちゃらかし ておきました。それを見て、あるとき、子どもが自分のかわい

い匙をとって、それで、へびのあたまをそうっとたたいて、

「ぼうず、パンもおたべよ」と言いました。
 
 おだいどころに立っていたおかあさんの耳に、子どもがだれかと 話をしている声がはいりました。そして、子どもが匙で蛇を

ぶったのを見ると、薪の割ったのをつかんで駈けだしてきて、なんのつみも ない動物をころしてしまいました。

 その時から、子どもの身の上にかわったことがおこりました。へびがいっ しょに物をたべていた間は、子どもは、ずんずん大き

くなり、じょうぶに育っていたのですが、それが、今では、きれいな赤い 頬っぺたもどこへやら、からだも、こちこちにやせてきま

した。まもなく、夜になると、死出の案内鳥(といわれる木葉木菟)が、け たたましく啼くようになりました、それからね駒鳥が死

んだ人のからだやお棺をかざる花環の小枝や木の葉をあつめだしました。そ して、それからまもなく、子どもはお棺台の上に横

になったのでした。

(グリム童話 金田鬼一 岩波文庫)



日本の昔話にも似たような話があります。



昔話インデックス0376『蛇の泊まり』

1.旅の男が貧しい家に泊まり、そのつど大金を置いて去る。

2.あるとき男が、寝姿を見るな、と頼むが、のぞいた主は大蛇がとぐろを 巻いているのを見る。

3.以来男はその家に泊まらなくなり、貧しい男はもとの貧しさにもどる。

(日本昔話通観 28 昔話タイプインデックス 稲田浩二 同朋舎)



変わったところでは次のような話もあります。


カリーラとディムナ04.7『コブラと蛙』

数日前でした。蛙を一匹捕まえようとして夢中で追いかけているうちに、あ る信心家の家まで来てしまい、蛙が家に入ったので、

後を追ったまま中まで入ってしまいました。家には信心家の息子がおりまし た。私はこの少年を蛙だと思って指に噛み付き、毒

を差し込んだので、少年は死にました。私が逃げ出すと信心家が追いかけて 来て、(お前はうちの子を不当な方法で殺したのだ

から、神様に祈って、お前の鼻をへし折り、思いきり辱めてやる。お前のよ うな奴は蛙の王の乗り物になって、跨れるように、そう

して王様がお前に恵んでやらない限り、蛙を一匹も食べることができないよ うにしてやるから)

と言って、神様に祈り、私を呪いました。私は自分の過ちを認め、罰に甘ん じて、王様の乗り物になろうと決心し、ここまでやって

来たのです

(カリーラとディムナ 菊池淑子訳 平凡社)


ところで、この蛇の話の原型は、伊藤正義によれば、パンチャタントラの「金貨を与える蛇」であるそうです。



 バラモンが蟻塚の主の蛇にミルクを毎日やって、その皿に一枚ず つ金貨をもらう。彼の息子が欲張って、蛇を殺して蟻塚の金貨

みんな取ってしまおうと思い、蛇を打つ。蛇は傷を負ったが助かる。そして 息子をかみ殺す。

キャクストン2.10『主人と蛇』の解説 (イソップ寓話集 伊藤正義訳 岩波ブックセンター) 

(The Pancatantra/ BookIII The Serpent who paid in gold /Chandra Rajan/Penguin 参照)



そして、イソップ寓話にも次のような話があります。


タウンゼント48『人とヘビ』

 ある家の庭先に、ヘビの穴があった。そして、そのヘビはその家の子供を 噛んで殺してしまっ

た。父親は、子供の死を悲しみ、ヘビへの復讐を誓った。

 翌日、ヘビが餌を獲りに穴から這い出して来ると、彼は斧を握りしめ、ヘ ビめがけて、振り下

ろした。しかし、慌てていたため、ねらいが外れ、しっぽを切っただけで、 頭を真っ二つにする

ことは出来なかった。

 その後しばらくして、男は、自分もまたヘビに噛まれてしまうのではない かと恐れ、ヘビの穴

に、パンと塩を置いて、仲直りをしようとした。ヘビは、シュルシュルと舌 を鳴らして、こんな

ことを言った。

「我々は、仲直りなどできない。・・・・私は、あなたを見れば、尻尾を無 くしたことを思い出すだ

ろうし、あなただって、私を見れば、子供の死を思い出すだろうか ら・・・・」

傷を負わされた者は、決してその痛みを忘れない。特にその仇が目の前にい る時には・・・・・。

Pe51 Cha81 H96 BaP167 Hou6 TMI.J15 (Aesop)


参照リンク 共立女子短期大学 絵入り教訓近道 絵入り教訓近道の絵と本 文 と 万治本の絵を見ることができます。 

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