「鼠と蛙」と「蛙と鼠の合戦」
 
 

日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、イソップ寓話に、「鼠と蛙」という話があります。

この話は、西洋では大変有名で、ダンテの神曲などにも取り入れられています。

とりあえず、これがどのような話なのか見てみたいと思います。



タウンゼント版 ネズミとカエル

 陸に棲むネズミが、水に棲むカエルと友達になった。これが、そもそもの間違いだった。

 ある日、カエルは、自分の足にネズミの足をしっかりとくくりつけ、自分の棲む池へと向かった。

そして、水辺へやってきた途端、池の中へ飛び込んで、善行を施しているとでも言うように、ケロ

ケロ鳴いて泳ぎ回った。哀れネズミは、あっという間に溺れ死んだ。
 
 ネズミの死体は水面に浮かんだ。一羽のタカがそれを見つけると、鈎爪でひっつかみ、空高く舞

い上がった。
 
 ネズミの足には、カエルの足がしっかりと結ばれていたので、カエルも共にさらわれて、タカの

餌食となった。
 

害を成す者は、また、害を被る者なり。


蛙は、悪意を持って鼠を池の中に引き入れた。というような話になっていることも多いようです。

この話は、単独の寓話としても有名なのですが、それよりも、イソップの伝記の中で、イソップが語

る寓話としての方が有名かもしれません。

これは、日本の「イソポのハブラス」や「伊曽保物語」にも入っていますので、イソポのハブラスで

見てみたいと思います。


・・・その後イソポ バビロニヤの帝王に暇を申し、諸国修行と志いて、先づゲレシヤの国に行いて諸人に

道を教へ、同じくその国の中なデルホスという島へ渡り、教化するといへども、この島の人悪逆無道にして、

理非善悪も聞き入れなんだれば、かの島を出づるに臨うで、島中の悪人ども僉議して言ふは、「イソポは聞

ゆる学匠ぢやに、ここを去つて我らが悪名を言はば、この島の瑕謹であろうず、ただ殺せ」と言うて、イソ

ポが荷物の中に黄金を入れて置き、路次で追懸け荷物の中からこの黄金を探し出し、盗人と言ひ掛けて即ち

籠者させ、遂にはイソポを山上に連れて行けば、最期と心得て譬へを述べて言ふたは、「諸々の虫どもが無

事に参会をした時、別して鼠と、蛙いかにも親しう言ひ合せた。或る時鼠の許に蛙を招いて種々の珍物を揃

へてもてないたところで、その後又蛙も鼠をもてなさうずるとて招き寄せ、川の辺に出て言ふは、『我が私

宅はこの辺ぢや、定めて案内を知らせられまじい』とて、鼠の足に縄を付けて蛙水の中に飛び入つたれば、

鼠も引き入れられ、命の終わりと思うて言うたは、『さても蛙は情も無う我を謀り、命を絶つものかな! 

我こそみくづとなり果つるとも、後に残る一族どもいかでか汝を安穏に置かうぞ』と、互ひに浮いつ、沈う

づするところに、鳶といふ猛悪人これこそ究竟の所望なれと言うて、宙に掴うで飛び上がり、二つともに裂

き食はれた。その如く我が只今の有様はかの鼠に少しも劣らぬ、我面々に珍物の如くな道を教ゆれども、そ

の返報には命を失はるる、我こそ空しう果つるとも、バビロニヤと、エジツトの人々我を深う愛せらるれば、

この儀はただは果たされまいぞ」と言い了れば、高い所から突き落いて殺いてのけた。・・・

(吉利支丹文学全集2 新村出・柊源一校註 平凡社 参照)


このように、この、「鼠と蛙」の話は、イソップが最期に語る寓話なのです。

日本では、イソップ伝は、殆ど知られていないようなのですが、実は、以前テレビでやっていた、

「一休さん」というアニメは、このイソップ伝のエピソードをかなり取り入れていたようです。この

ことについては、機会がありましたら、触れてみたいと思います。
 

イソップ寓話集にイソップ伝が含まれる場合、イソップ伝が初めに来て、その後に本編寓話部

が置かれるというスタイルが殆どのようなのですが、「鼠と蛙」の話は、イソップ伝と、本編

寓話部の両方に載っている場合が多いようです。シュタインヘーヴェル版やラ・フォンテーヌの

寓話などは、イソップの伝記と、本編寓話部に同じ話が入っています。

註:ラ・フォンテーヌの話では、蛙は鼠を食ってやろうと思って池の中に引き込もうとする。


シュタインヘーヴェル(初版1480年頃)
Aesopus; Steinhowel, Heinrich; Brant, Sebastian. Basel: Jacob <Wolff> von Pfortzheim. 1501  
 

では、日本の、「イソポのハブラス」や「伊曽保物語」はどうか? と言いますと、「伊曽保物語」の本編

寓話部には、この話は載っておりません。「イソポのハブラス」の方には、「蛙と鼠」という話が、本編寓

話部に載っているのですが、これが、イソップ伝の話とちょっと違うのです。


イソポのハブラス 下41 蛙と、鼠の事。

 頃は弥生下旬の頃じゃに、蛙と、鼠或池の知行争ひで矛盾に及うだ。いずれも武具を揃へ、ことも夥しい

合戦になって、鼠は伏し草をし、蛙を悩ませども、蛙は少しも臆せいで、いかにもうち現れ咽笛を怒らかい

て、大音を上げて、喚き叫うで戦ふによって、その戦ひと叫びの音はことも業山にあったところで、これを片

脇から鳶が見て、「良い幸ひかな」と思うて両方ともに取って食うた。

  下心。

 欲心、或いは我慢によって同じ国所の人喧嘩、闘争をし、私取り合ひに及べば、他所、他郷からその弊

に乗って、論を為す双方ともに従ゆるものぢゃ。(吉利支丹文学全集2 新村出・柊源一校註 平凡社 参照)


と、言う具合に、蛙と鼠の戦いに乗じて、鳶が両方をせしめる。という、いわば、「漁夫の利」の話になって

います。おそらく、この話は、先の「鼠と蛙」の話の替わりに収められたもので、先の話の変形と思われ

ます。中務哲郎氏のイソップ寓話の世界には次のような記述があります。


 談ながら、この「鼠と蛙」の寓話は、滑稽叙事詩にも想を与えたと考えられている。『蛙と鼠の合戦』

と題する三〇〇行ほどの小叙事詩は『イリアス』の戦闘場面のパロディであり、古来ホメロスの作ともさ

れているが、もちろんそれは誤りで、成立は前一世紀より古くはないとされる。鼠の王が水辺で蛙の王

に出会い、日頃の食物の豊かさを自慢すると、蛙の王は、自分たちの国もなかなかのものであると言っ

て、鼠を背に乗せ、館に案内しようとする。そこへ突然、鎌首をもたげた水蛇が現われ、蛙が咄嗟に水

に潜ると、鼠は水に浮きつ沈みつ、「神様は復讐の目を持つぞ」と呪いつつ、溺れて死んだ。これをきっ

かけに、エンドウ豆や葦細工で武装した鼠の軍と、葵の葉や蝸牛の殻をまとった蛙の軍の間に、戦い

が繰り広げられる。(イソップ寓話の世界 中務哲郎 ちくま新書)



この「蛙と鼠の合戦」の結末は・・・・・鼠軍が優勢に立ち、蛙軍を殲滅しようとするのだが、しかしこの

様子を天から見ていたゼウスは、蛙たちを憐れんで、援軍として蟹を送り込む。鼠軍もこれにはかな

わず、敗走するという結末になっています。

(西洋古典論集 蛙鼠戦役 泉井久之助 訳 創元社 参照)

イソポのハブラスに収められている、「蛙と鼠」の話は、案外、この「蛙と鼠の合戦」から来ているのか

もしれません。

この他、「蛙と鼠の争いに乗じて鷹が狙う」という話が入っているイソップ寓話集には、

「Aesop Fables Translated by Sir Roger L'Estrange 1692」
「Aesop's Fables, with his life:London: printed by H. Hills Jun. for Francis Barlow, 1687. 」

があるのですが、イソポのハブラスと同様、イソップ伝に収められている話と、本編に収められている話

は、それぞれ異なったものになっています。

注: L'Estrangeのイソップ伝には、「イソップは、蛙と鼠の話を語って聞かせた」と書かれているが、話自体は省略されている。


レストレンジ 蛙と鼠

昔、蛙と鼠が沼の主権を巡って血で血を洗う戦いをした。両陣営ともに、激しく戦っていると、鳶が

やって来て、両者を粉砕して食い尽くして、互いの戦いを終わらせた。


Aesop's Fables, with his life : London: printed by H. Hills Jun. for Francis Barlow, 1687.

 

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