犬は橋を渡ったか?







これらの挿絵を見ると、犬は橋の上から川を見ているのですが、果たして、犬は本当に橋を渡っているのでしょうか?

何をわけの分からないことを言っているのか? と思うかもしれませんが、実は英文を見る限り、「橋を渡っている」というような表現は何処にもみ当たらない のです。

Thomas James. 
A DOG had stolen a piece of meat out of a butcher's shop, and was crossing a river on his
way home, when he saw his own shadow reflected in the stream below.

犬は肉屋から肉を一切れ盗んで、家へ帰る途中川を渡っていた。その時彼は、(眼下の)流れに自分の影が映っているのを見た。
Thomas Bewick.
A DOG, crossing a little rivulet with a piece of flesh in his mouth, saw his own shadow
represented in the clear mirror of the limpid stream;

犬は、口に一切れの肉をくわえて小川を渡っていると、鏡のように澄んだ流れに、自分の影が映っているのを見た。

ここには、橋を渡っているというような描写はまったくないのです。そこでギリシア語原典からの翻訳を見てみます。

ペリー版 133 肉を運ぶ犬  中務哲郎訳 岩波文庫

 犬が肉を銜えて川を渡っていた。水に写る自分の影を見て、てっきり別の犬がもっと大きな肉を銜えているのだと思って、自分のを捨て、相手のを奪ってやろ うと跳びかかったが、両方を失っただけだった。一方は、元々ないので届くわけがなく、他方は、川に流されて行ったのだ。
 欲どうしい人に、この話はぴったりだ。

このように、原典にも橋を渡っているとは書かれていないのです。皆さんは、「川を渡っているのだから、橋を渡っているのに決まっているじゃないか!」と思 うかも知れませんが、実は、この原典の英語版には、次のような挿絵がつけられているのです。


この絵では、犬は直接川を渡っている。


更に、紀元前後に書かれたパエドルスの寓話では次のようになっています。

パエドルス 四 肉をくわえて川を渡るイヌ 岩屋智訳 国文社

 他人のものを欲しがると自分のものをなくすのがおちです。
 イヌが肉をくわえて川を泳いでいました。イヌは泳ぎながら、水面に映る自分の姿を見て、他のイヌが別の餌を運んでいるのだと思いこみました。そして横取 りしてやろうと思いました。
 ところが、その欲ばりが裏目にでます。口にくわえていた餌はなくしてしまうし、取ろうと思った餌は手にふれることすらできませんでした。
このパエドルスの寓話では、イヌは川を 「泳いで渡っている」 のです。

こうして見てみると、挿絵の影響は計り知れないということが分かると思います。本来川を泳いで渡っているかもしれない話が、挿絵一つで、橋を渡っていると いうことが、動かしがたいものになってしまいます。 おそらく渡辺温や上田万年は挿絵につられて、「橋を渡った」と訳してしまったのだと思います。

この寓話の場合は、犬が橋を渡ったか、泳いで渡ったかは明記されていませんので、「橋を渡った」と訳したからといって、誤訳だと難ずる必要はありません。 しかし、挿絵につられてはならない場合もあります。

 A MAN AND A WOODEN GOD  
MAN that had a great Veneration
for an Image he had in his House,
found, that the more he pray'd
to't to prosper him in the World,
the more he went down the wind
still. This put him into such a
Rage, to lie dogging at his Prayers

so much and so long, to so little  purpose, that at last
he dash'd the Head on't to pieces against the Wall;
and out comes a considerable Quantity of Gold. Why
this 'tis, says he, to adore a perverse and insensible
Deity, that will do more for Blows than for Worship.

   THE MORAL

  Most People, Clergy as well as Laity, accommodate their Religion
to their  Profit, and reckon that to be the best Church that there's
most to be got by.

Translated by Sir Roger L'Estrange 1692
With Illustrations by Stephen Gooden 1920s
男と木の神像

 男は神像を家の中に安置して崇拝していた。しかし、「富を与えてください」と祈れば祈る程、どんどん貧しくなっていった。

 どんなにたくさん祈っても、どんなに長く祈っても、ご利益はまったくない。とうとう男は頭にきて、神像の頭を壁に叩き付けて粉々に砕いた。

 するとどうだろう。中から大量の黄金が出てきた。

「これは一体どういうことだ」男が言った。「無慈悲で役立たずの神様は、拝むよりも殴った方が供養になるということか」


  教 訓


 俗人であれ聖職者であれ、ほとんどの人々は、自分たちの信仰を自分たちの利益のために用いようとする。そして、一番立派な教会が一番大きな利益を生み出 すと考えているのだ。

この挿絵を見た限りでは、この話は、仏像を偶像崇拝と捉えて、それを否定しているかのように見えます。

しかし、話をよく読めば、仏教のことなどにはまったく触れられていないことに気づくはずです。実はこの挿絵は、この本が最初に世に出してから、200年以 上も後に描かれた絵で、翻訳者の L'Estrange の意志とはまったく関係なのです。

こういったことは、現在でも行われているかもしれません。あるニュースに対して、イメージ映像を流したり、おどろおどろしい音楽をつけたりして、意図的に そのニュースを歪曲しようとするようなことがあるかもしれません。

ニュースを漠然と見ていると、そういった意図にまんまと乗せられてしまうかもしれませんので、時には、この映像は本当だろうか? と疑ってみるのもよいか もしれません。

話が少しわき道にそれてしまいましたが、そもそも、イソップ寓話は、ギリシア神話が世間で信じられていた時代に作られたものですから、「木の神像」を拝む のは当然のことだったのです。この観点からすれば、L'Estrange もずいぶんとキリスト教的な翻案をしていることになります。

では、この寓話は本来どのように解釈すればよでしょうか? それを説明するには、・・・・まず、寓話は、ことわざと同じ働きをする。ということを、説明し なければなりません。

ここで皆さんに問題です。

「善は急げ」「急がば回れ」という二つのことわざがあります。さてどちらのことわざが正しいでしょうか?

どちらが正しいか? と聞かれたって、答えようがありません。どちらも正しいのです。いやどちらも間違っているのです。
実はこういったことわざは、なにか悩み事でもない限り、あまり役に立たないのです。

しかしこれも、たとえば何か事件がおきて、とても慌てている人がいるとします。そういう人に「急がば回れだよ」と言ってあげれば、その人を落ち着かせる効 果があります。逆に、ぐずぐずしてなかなか物事を始めようとしない人に、「善は急げだ!」と言ってあげれば、これまた効果があります。

これと同じように、「男と木の神像」の話も、たとえば、悪い人に脅かされてお金を巻き上げられている人がいるとします。そういう人にこの話をしてあげれ ば、「悪い人には頭など下げずに、毅然とした態度をとった方ががよい。神像をたたき壊すくらいの勇気を出せば自ずと道は開ける」というような教訓を与える ことができます。(これも一つの解釈にすぎませんが)

さて、もう一度「犬は橋を渡ったか?」という問題に立ち返りたいと思いますが、今までの話からすると、「犬が橋を渡っている」と訳されているのは、日本だ けのような印象を与えたかもしれません。

「日本だけ特殊」という方が話題性はあるのですが、しかしいろいろと見てみると、英訳版の中にも「犬が橋を渡っている」話があるのです。

The Dog and the Shadow   in Townsend's translation
 
A DOG, crossing a bridge over a stream with a piece of flesh in
his mouth, saw his own shadow in the water and took it for that
of another Dog, with a piece of meat double his own in size.  He
immediately let go of his own, and fiercely attacked the other
Dog to get his larger piece from him.  He thus lost both:  that
which he grasped at in the water, because it was a shadow; and
his own, because the stream swept it away.

タウンゼント15 イヌと影

 一切れの肉を口にくわえて、小川にかかった橋を渡っていたイヌが、水面に写る自分の影を見て、別なイヌが倍の大きさもあるような肉をくわえているのだと 思った。 彼は、すぐさま、自分の肉を放り出すと、大きな肉を目指して、烈火の如く躍りかかって行った。

こうして彼は、どちらの肉も失った。 彼が、水の中で奪おうとした肉は、影であり、そして、自分自身の肉は、流が押し流してしまったからだ。
A DOG (was) crossing a bridge over a stream  
犬が小川にかかった橋を渡っていた。

皆さんもいろいろと調べてみてください。そして何か分かったら教えてください。


2003/09/22日
著作権はhanamaが有します。

HOME BACK   NEXT



inserted by FC2 system