ESOPONO FABVLAS.
465.
Xemito, aritono
coto.
11
Aru fuyuno nacabani aridomo amata anayori go-
cocuuo daite fini saraxi, cajeni fu(c)asuruuo xemiga
qite coreuo moro<ta: arino yu<ua: gofenua suguita
natcu, aqiua nanigotouo itonamaretazo?
xemino 15
yu<ua: natcuto, aqino aidaniua guinquiocuni torima
guirete, sucoximo fimauo yenandani yotte, nanitaru
itonamimo xenandatoyu<: ari guenigueni sonobun
gia: natcu aqi vtai asobareta gotoqu, imamo fiqio
cuuo tcucusarete yocaro<zutote, sanzanni
azaqerisu- 20
coxino xocuuo toraxete modoita.
Xitagocoro.
Fitoua chicarano tcuqinu vchini, miraino tcutome
uo suru cotoga canyo> gia: sucoxino chicarato, fima 24
466.
aru toqi, nagusami uo cototo xo> monoua canarazu
nochini nanuo vqeideua cano<mai.
エソポのハブラス1.23 (465.11--466.02)
セミとアリとのこと。
ある冬の半ばにアリども数多(あまた)穴より五穀を出いて日に曝し、風に吹かするをセミが来てこれを貰うた、アリの言うは、「御辺
(ごへん)は過ぎた夏、秋は何事を営まれたぞ?」
セミの言うは、「夏と、秋の間には吟曲(ぎんきょく)にとり紛れて、少しも暇を得なんだによって、なにたる営みもせなんだ」と言う、アリ「げにげにその分
ぢゃ、夏秋歌い遊ばれた如く、今も秘曲を尽くされてよかろうず」とて、散々に嘲り少しの食を取らせて戻いた。
下心。
人は力の尽きぬ内に、未来の務めをすることが肝要ぢゃ、少しの力と、暇/ある時、慰みを事としょう者は必ず後(のち)に難を受けいでは叶うまい。
・類話などについて
古活字版 伊曽保物語 飯野純英 校訂 小堀桂一郎 解説
下 第一 ありとせみの事
去程に、春過、夏たけ、秋もふかくて、冬のころにもなりしかば、日のうら/\なるとき、あり、あなよりはひ出、えじきをほしなどす。せみ、きたつて、あり
と申は、「あないみじのありどのや、かゝるふゆざれまでも、さやうにゆたかに、えじきをもたせ給ふものかな。われにすこしのえじきをたび給へ」と申けれ
ば、あり答云、「御辺は、春あきのいとなみには、なに事をかし給ひけるぞ」といへば、せみ答云、「なつあき身のいとなみには、なに事をかし給ひけるぞ」と
いへば、せみ答云、「なつあき身のいとなみとては、木末(こぬれ)にこたふばかりなり。そのをんぎよくにとりみだし、ひまなきまゝにくらし候」といへば、
あり申けるは、「今とても、などうたひ給はぬぞ。うたひちやうじてはつゐにまひとこそは、うけたまはれ。いやしきえじきをもとめて、何にかはしたまふべ
き」とて、あなに入ぬ。そのごとく、人の世にある事も、我力におよばんほどは、たしかに世の事をもいとなむべし。ゆたかなる時、つゞまやかにせざる人は、
まづしうしてのち、くゆる物なり。さかんなるとき、がく(学)せざれば、老て後、くゆるものなり。ゑひのうちに、みだれぬれば、さめての後悔る物なり。返
々も是を思へ。
注: 結末がエソポのハブラスとは違っている。(教訓自体は同じ)
タウンゼント 13.アリとキリギリス
ある晴れた冬の日、アリたちは、夏の間に集めておいた、穀物を干すのに大わらわだった。そこへ腹をすかせて、死にそうになったキリギリスが
通りかかり、ほんの少しでよいから食べ物を分けてくれるようにと懇願した。
アリたちは、彼に尋ねた。
「なぜ、夏の間に食べ物を貯えておかなかったのですか?」
キリギリスは、答えた。
「暇がなかったんだよ。日々歌っていたからね」
するとアリたちは、嘲笑って言った。
「夏の間、歌って過ごしたお馬鹿さんなら、冬には、夕食抜きで踊っていなさい」
Perry373 Chambry336 Babrius140 Avianus34 Caxton4.17 伊曽保3.1 Charles14
La Fontaine1.1 Krylav2.12 TMI.J711.1 Type 280A (Ba)
ペリー 112 蟻とセンチコガネ 中務哲郎 訳 岩波文庫
夏の盛り、蟻が畠を歩きまわって、冬の食糧を溜めこむために、小麦や大麦を集めていた。センチコガネはこれを見て、他の動物が仕事を止めてのんびりして
いる時に汗水流すとは、何ともしんどいことだと驚いた。
蟻はこの時は黙っていたが、やがて冬になると、餌になる糞も雨に流され、飢えたセンチコガネが、食物を分けてもらおうと蟻の所へやって来た。それに対し
て蟻の言うには、
「センチコガネ君、私が汗水流すのをとやかく言ってくれたが、君もあの時の苦労をしていたなら、今餌に困ることはなかろうに」
このように、ふんだんにある間に将来に備えない者は、時勢が変ればひどい不幸に見舞われるのだ。
Chambry241
Ernest Griset p355 蚊と蜜蜂
ある寒い朝、飢えと寒さで死にそうになった蚊が、何か恵んで貰おうと蜂の巣へ行った。そして、食べ物と寝る場所を与えてくれたら、皆に音楽を教えると申し
出た。すると蜜蜂はとても丁寧に答えた。「食べ物と寝る場所を提供せよとおっしゃるのですか。私の仕事は、子供たちを躾けることなのです。そして、子供た
ちは、自分たちの働きで生計を営むことができるようになるでしょう。これこそが正しいことだと私は確信しています。あなたが、子供たちに教えようとする音
楽が、あなた自身に何をもたらしたかは明白ですからね」
Thomas Bewick 2.16
旧約聖書 箴言 6.6-6.11
怠け者よ、蟻のところに行ってみよ。その道を見て、知恵を得よ。蟻には首領もなく、指揮官も支配者もないが夏の間にパンを備え、刈り入れ時に食糧を集め
る。怠け者よ、いつまで横になっているのか。いつ、眠りから起き上がるのか。しばらく眠り、しばらくまどろみしばらく手をこまぬいて、また横になる。貧乏
は盗賊のように欠乏は盾を持つ者のように襲う。
旧約聖書 箴言 30.25
蟻の一族は力はないが夏の間にパンを備える。
知恵の教え 蟻と雄鶏と犬について 西村正身訳 渓水社
アラビア語でルカマンと呼ばれるバラームが息子に言った、「息子よ、賢さにおいて蟻に劣ってはいけない、蟻は冬を生きぬくために必要なものを
夏の間に集めているのだ。
Odo of Cheriton 63 蟻の勤勉
無駄にため込む者へ
蟻は穀物を集めて山のように積み上げる。それは、冬を生きながらえるためである。すると、豚たちがやってきて、積み上げたコーンの山を蹴散らして食い尽く
す。
時に、多くの人々は有り余るほど物を集める。すると盗賊(盗賊とは王子の使いや王子の親族のことである)がやってきて全てを貪る。……勤勉な者たち
が、富を他人に任せると、そこから奪いさるのだ。
(詩編48:11を見よ。) 注:「一般的には、詩篇49.11」
旧約聖書 詩編49:11
人が見ることは/知恵ある者も死に/無知な者、愚かな者と共に滅び/財宝を他人に残さねばならないということ。
Hito1.126 他人にも与え、自らも、/用うる時に、その富は、/”富者の富”と呼ばれ得ん。/死したる後は、/その人
の/妻も財も、他の人に/弄ばるるものと知れ、
コンテンプツスムンデ 1.03 真実の教の事 切支丹宗教文学 姉崎正治 編著 同文館蔵版
汝の能く見知りたる大名高家、又は学問に栄えし名師達は、今いづくにあるぞ、早その所知財宝も余人の進退と
なり、いまは早その人々を思ひ出(いだ)すや、思ひ出さずになり果てたり。存生の時は人口に乗るかと見えしと雖も、今は早その沙汰さへもなし。
注:「進退」 自由にすること。
ペリー 611 狐と雌鶏たち
飢えと寒さで凍えた狐が雌鶏たちに、自分はもう死にそうで、助けてもらえなければ、この小屋の門前で死んでしまうだろう。そんなことになったら、神様は、
自分を死へと追いやった道徳的な責任を彼女たちに問うことになるだろう。と言って、自分を小屋の中に入れてくれるようにと説得した。
最初、鶏たちは、ドアを開けるのを渋ったが、雌鶏も雄鶏も信心深かったので、狐の嘆願に折れて彼を中に入れてやった。しばらくの間、狐は押し黙っていた。
しかし、身体が暖まると、次から次ぎへと鶏をひっつかみ貪り食った。
Odo of Cheriton 74
Thomas Bwewick 2.15 村人と蛇
ある雪の降る寒い日、村人が今にも凍えて死にそうな蛇を生垣の下で見つけた。彼はこの可愛そうな生き物を憐れんで、家に持ち帰り暖炉のそばに置いてやっ
た。しかし、蛇は長いこと横たわってはいなかった。熱で生命を吹き返すと、蛇は鎌首をもたげ、シュルシュルと不快な音を発して、彼の妻や子供たちに跳びか
かったのだ。
男は悲鳴を耳にすると、事の次第を察知してツルハシをつかみあげると、すぐさま蛇を殺した。そして男はこう言った。
「この卑劣な奴め。命を救ってもらったお礼がこれか? お前に相応しいのは死のみだ。だが、一度の死では飽き足らない!」
Caxton1.10 Charles43 Houston17 La Fontaine 6.13
(Rom) (蛇を家に連れ帰る話)
タウンゼント 21.農夫とヘビ
ある冬の日のこと、農夫は、寒さに凍えて今にも死にそうになったヘビを見つけた。彼は可哀想に思い、ヘビを拾い上げると自分の懐に入れてやった。
ヘビは暖まると、元気を取り戻し、本性を顕わにして命の恩人に噛みついた。農夫は今際の際にこう叫んだ。
「おお、これも、悪党に哀れみを与えた、当然の報いだ!」
悪党には親切にしないのが、一番の親切。
Perry176 Chambry82 Babrius143 Phaedrus4.20 TMI.W154.2 (Aesop)
(蛇は懐の中で目を覚ます話)
Krylov4.13『百姓と蛇』 6.16『百姓と蛇』 7.06『百姓と蛇』
日本とは何か 堺屋太一 著 講談社
非常時に備えない者は死ぬ義務がある
そこには厳しい風土と激しい異民族闘争に生きてきた人々の倫理観が示されている。それは、
「非常事態に備えた者は助かる権利がある、備えていなかった者は亡ぶ義務がある」という考え 方である。
これは日本人の倫理観とは著しく違う。日本では非常時に備えていた人は、備えていなかった 者にも分けて与えるべきだ、ということになっている。
そのことは、イソップ物語の「アリとキリギリス」の話の書き方にもよく示されている。日本
で発行されている絵本や子供用の書物では、この話は「親切なアリは、キリギリスに食べ物を分けてやりました」とハッピーな終わり方になっている。だが、イ
ソップの原作はもちろん、欧米
で出ている数々の本には、そんな甘いことは書いていない。「アリはキリギリスが飢えて死ぬのを待って、その死体をも食べ尽くした」のである。イソップ研究
を専門とする某教授が新聞に書 いていたところによると、欧米で発行されている百四十八種類の書物を調べたが、日本式のハッ
ピーエンドはたった一つ、スペインの絵本にあるだけだそうだ。
「非常事態に備えた者は生きる権利がある」というだけでも日本では通用し難いが、「非常時に
備えていなかった者は死ぬ義務がある」というに至っては、日本人の神経にはほとんど耐えられ
ない。しかし、砂漠の厳しい風土のなかで異民族との戦争が絶えない土地で生きてきた人々は、 全員が非常事態に備える習慣を持たねばならなかった。
方舟をつくっても洪水にならなかったら無駄である。食糧を蓄えておいても飢餓が起こらなかったら、まる損だ。非常事態への備えというのは、十年に一回か
百年に一回しか起こらない危険
に備えるために、現在の消費量を犠牲にすることを意味している。けっして豊かではなかった太古の人類がそれを実行するためには、強い恐怖感と自制心が必要
であった。もし、非常事態に誰かが助けてくれるというのなら、一人としてそれに備える者はいなくなるだろう。そればかりではない。非常事態に備えていない
「キリギリス型」人間は、他人の蓄えを襲う可能性さえある。
彼らに「死ぬ義務」を課さなければ、集団全体の滅亡につながるわけだ。そのことを、ノアの方舟は神の言葉として、イソップ物語は子供への教訓として、語っ
ているのである。
日本昔話通観インデックス 530 猿の夜盗
猿と雉が栗拾いをし、猿は食べつくすが雉はたくわえる。冬になって、猿が雉に、栗をくれ、とねだるが、雉はことわる。猿が、今夜夜盗にいく、と雉をおどす
と、それを知った臼・蜂・牛糞・卵が雉の家のあちこちにひそむ。猿がやってくると、蜂が刺し、牛糞と卵がすべらせ、臼が落ちてつぶす。
・都市伝説
「アリとキリギリスの本当の結末は、アリがキリギリスを食べてしまうのだ」と言われることがよくあるのだが、
「実際にそのような話を読んだのか?」 と尋ねてみると、
「いや、そういう結末だと聞いのだ !」というような答えが返っ
て来る。
果たしてこのような結末の話が実際にあるのか?
さるテレビ番組でもこのような結末の寓話を探したことがあるのだが、結局見つからず仕舞であったようだ・・・・・
では、このように言われるようになったのは何故か? というと、次の論文に起因するように思われる。
「東の橘 西のオレンジ」 イソップ物語・比較倫理の試み 平川祐弘 文藝春秋社
・・・・・・・・・・・・
しかし『イソップ物語』のこの日本的変容は、西洋人の耳には「本当か」と思えるらしい。
「蝉と蟻」が日本の子供向けには蟻の慈善で終っている、と聞かされて、
「馬鹿な」
と呆れ顔をする西洋人は多い。
「子供を甘やかしてなんになるか」
「子供を保育器の中に入れて育てる式の無菌状態で育てるのが、理想的な教育でもあるまい」
そのような批判が口々に出たが、その時アイルランドの一婦人がにっこり笑って、「いや私も餓えた虫にご馳走する話を子供の時に習いました」とおよそ次の
ような寓話を聞かせてくれた。
虫は夏中、歌い続けたものだから、北風が吹くと素寒貧(すかんぴん)になった。お腹が空いてある家に行くと、
「どうぞ、どうぞ、おはいりください。御馳走しましょう。パンもあります、バターもあります」
「有難うございます。これが私のお茶ですね、これが私の蜜ですね」
と虫が手をのばした途端、さっと網がかかって体はがんじがらめに縛られた。
当家の主人は蜘蛛だった。
私たちもあまり結構な、薔薇色ずくめの話には乗らない方が良いらしい。
・・・・・・・・・・・・・
おそらく、この論文で語られている、蜘蛛の話が「蝉と蟻」の話と勘違いされ、本当の結末は、「アリはキリギリスを食べてしまう」と
いうように変容してしまったものと思われる。しかし、この「蜘蛛の寓話」そのものは実際にある。
ペリー 598 雀蜂と蜘蛛
雀蜂が蜘蛛にこんなことを言った。
「君は可哀想だね、一日中巣にじいっとしているんだからね、私などは一日で、君が10日間かけて移動するよりも、もっと遠いところへ飛んで行けるよ」
すると蜘蛛がこう言った。
「それじゃ賭をしようよ」
「何を賭けるの?」
「一ガロンのワインというのはどうだい」
「よし、それじゃまず先に、飲むことにしよう」雀蜂はこう言うと更に続けた「負けた方がワインの代金を持つということにして、さあ、この木で呑もう」
「いや」蜘蛛は反対した。「私は、君をもてなそうと、白くて美しい応接室を用意したんだ。そこに一緒に座って呑もうよ」(ロンバルジア族は、蜘蛛の巣を、
パーラーと呼ぶことから)
こうして雀蜂は応接室……そう、蜘蛛の巣の中へ降りて行った。すると、あっという間に、頭と足が絡め取られた。雀蜂は羽をばたつかせて抜け出そうとした
が、無駄であった。
「こんな、応接室など糞食らえ、ああ、抜け出せない」
「そのとおり、君は生きてはここを抜け出せないんだよ。これほど確かな賭けはない」
蜘蛛はそう言うと、雀蜂に襲いかかって貪り食った。
Odo of Cheriton 42
Ernest Griset p218 蟻とさなぎ
一匹の蟻が太陽の下、食糧を探して忙し気に走り回っていると、羽化の時が間近に迫ったさなぎに出くわした。さなぎは、そのお尻の先の部分を動かしたので、
蟻はこの時初めてそれが生きていることを知った。
「おお、なんと哀れな生き物なんだ!」蟻は軽蔑して叫んだ。「なんて悲しい定めなんだろう! 私はあちこち自分の好きなように走り回ることが出来るの
に……その気があれば、高い木の上にだって登れるというのに、お前は、殻に閉じこめられて幽囚の身だ。出来る事といえば、お尻の間接のつなぎ目を動かすだ
けとは・・・・」
さなぎは蟻の話を全て聞いていたが、言い返そうとはしなかった。数日後、例の蟻がまた通りかかった時、そこには、殻以外は何もなかった。中身はどうし
たのかと訝っていると、突然、影が差し風が巻き起こった。気が付くと美しい蝶がきらびやかな羽を羽ばたかせていた。
「私をよくご覧なさい」蝶が言った。「あなたが、軽蔑した隣人ですよ! さあ、あなたの走る能力や高く登れる能力を、私に自慢してみてくださいな」
蝶はそう言うと空へ飛び立ち、夏のそよ風に乗って高く舞い上がった。そして、あっという間に、蟻の視界から永遠の彼方へと消えて行った。
Thomas Bewick 1.38 蟻と芋虫
Ernest Griset p339 インディアンとフランス人
軽薄なフランス人が、ミシシッピーで偶然インディアンと出会った。インディアンは、弓矢で、家族のために獲物を探し求めていたのだ。フランスの紳士がイン
ディアンに言った。
「君たちは、とても苦しい生活をしている。他の者たちは、火のそばに座って、うまいものを食べ、仲間と楽しく過ごしているというのに、君たちときたら、惨
めな生活を維持するために、雪や嵐の中、森を歩き回らねばならぬ」
するとインディアンが言った。
「あなたがたは、どうやって食糧を手に入れるのですか? 空から食糧が降ってくるのですか?」
「いや違う」 フランス人が言った。「我々は夏の間に働くのだ。そして冬に備えるのだ。寒い季節の間、火のそばに座って仲間と楽しむためにな」
「それじゃあ、我々だって同じことだ」インディアンが言った。「我々は冬に食糧を蓄えるのだ。暑い夏の間休めるようにね。我々は誰一人として、あなた方が
楽しいと思うことを、楽しいとは思いませんよ。我々の生活習慣があなた方にとっては滑稽なように、あなた方の生活習慣も我々には馬鹿げて見えるのですよ」
インディアンにこう言われて、フランス人は返す言葉がなかった。そしてインディアンは狩りへと向かった。
習慣は人間に多大な影響を与える。そして、その特性は、自然環境の違いよりも習慣の違いにより大きく変化する。恐らく全ての人々は、自分たちに合った生活
をしているのである。つまり、人々はそれぞれ満足の行く生活をしているのだ。
デカル 方法序説
諸国民の生き方のちがいは「自然」によるのでなく、人為の「習慣」によるのである。
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