(3)日本の話は、本当に「助けやる話」か?




湯沢教授は、日本の「アリとキリギリス」について、


 日本のものは、たとえば波多野勤子監修・小学館の『イソップ物語』では、「さあ、遠慮なく

食べてください。元気になって、ことしの夏も楽しい歌を聞かせてもらいたいね・・・・・・キリギリ

スは、うれし涙をポロポロこぼしました。」で終わっており、類書もほとんど似たような結末で

す。ところが、原典では、前に見たような突き放しで終わっており、食べ物を恵んでなぞやらな

いのです。ヨーロッパではどこの国でも、ごく一部を除きこれと同じ冷たい形で終わっています。



と、仰っていますが、このように、日本の話は、「助けてやる」話で、外国の話は、「助けてやらない」

話である。というような考察は、湯沢教授だけではなく、この他、


1.日本とは何か 堺屋太一  

2.イソップ寓話の経済倫理学 竹内靖雄 

3.文藝春秋 『1996年10月号 愚図の大いそがし』 山本夏彦

4.昔話にはウラがある ひろさちや

5.豊かな国の貧しい政治 田勢康弘 (1998年7月13日 佐賀新聞 有明抄 より)

6.朝日総研リポート 1999年4月第137号 西岡 三夫 [総合研究センター主任研究員]

7.イチローたちは外交資源 2002年4月10日 清水
建宇建宇 朝日新聞 asahi.com


などでも見られます、ネット上でも、ライオンズクラブの会長さんや、小学校の校長先生のエッセイに、

同じ様な考察を見ることができました。

 ところで、筆者は、戦後(1945年)〜1997年4月までに出版された、イソップ寓話の中から、

「アリとキリギリス」が収められている本を、107冊程ピックアップしてみたのですが、それを表にま

とめたのが、ここにあります。

結果は、次のようなものでした。


戦後(1945年)〜1997年4月に出版されたイソップ寓話 107冊


    
  アリがキリギリスに食べ物を分けてやらない話 (65冊) 
             
             食べ物を分けてやる話 (31冊) 
    
      食べ物をやったかどうか判らないい話 (11冊)

意外にも、「食べ物を分けてやらない話」が、「食べ物を分けてやる話」の倍以上もあったのです。そし てこれを更に年代を細かく分けてみると次のようになります。
  

戦後(1945年)〜1979年に出版されたイソップ寓話 69冊

 

アリがキリギリスに食べ物を分けてやらない話 (37冊) 
             
             食べ物を分けてやる話 (27冊) 
     
       食べ物をやったかどうか判らない話 ( 5冊)



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1980年〜1997年4月に出版されたイソップ寓話 38冊



アリがキリギリスに食べ物を分けてやらない話 (28冊) 
             
             食べ物を分けてやる話 ( 4冊) 
     
       食べ物をやったかどうか判らない話 ( 6冊)
 
  

この調査結果から分かるとおり、日本の話が、「助けてやる」話ばかりとは言えないのです。いや、 1980年以降を見てみると、「食べ物を分けてやる話」は、38冊中4冊しかないのですから、 日本の話は、「助けてやらない話」がほとんどである。と、言った方が適切かもしれません。  ところで、湯沢教授が例に示された、波多野氏の「イソップ物語」という本なのですが、書店には見 あたらず、図書館で調べてみたのですが、やはり見つかりませんでした。結局、筆者はこの本を見つけ ることはできなかったのですが、色々調べて行くうちに、波多野勤子監修・小学館『オールカラー版  世界の童話 第1 イソップのお話 1971年』という本と、波多野勤子訳・小学館『幼年世界名作文学 全集9 イソップ童話 1968年』という本に、これと同じ結末の話を見つけました。  イソップ寓話などは、同じ出版社から、名前を変えて数多く出版されているので、その中の一種かと も思われますが、それはともかく、両者ともにかなり前に絶版になっています。  ところで、前者の『オールカラー版 世界の童話』シリーズの41番目に、『新イソップ物語』とい う本があり、この中にフランス人のG.ド・ラ・グランディエール作『ありとヒッピーのキリギリス』 という話が収められています。ヒッピーのキリギリスとは、随分と時代がかっているのですが、かなり 潤色されてはいても、内容はアリとキリギリスであり、結末は、ネガティブなものでした。類書という ならば、真っ先にこれを取り上げるべきではないかと思えるのです。  更に、食べ物をやる話を詳しく調べてみると、全てが、めでたしめでたしで終わるかと言えば、 与田準一 金の星社『世界の幼年文庫3 イソップものがたり』では、次のような結末になっています。
「ごめんください。ありさん。あわれなこおろぎが、おなかをへらしているのです。 めぐんでくださいな。」  ありは、とをあけて、パンのかけらを、なげてくれました。 「さあ、あっちへおいき。なつのあいだのように、ばいおりんをひいておればいいじゃないか。」 ありのうちのとは、ぱたんと、しまってしまいました。
 また、中野啓介 日本書房 『幼年イソップ文庫 イソップ まきの3』では、
「おや、食べる ものが ないんですって。・・・せみさん。あなたは、夏や 秋の とり入れどきに、 いったい、なにを していらっしゃたのですか。わたしたちは、ごしょうちのように、朝 早くから、 夜 おそくまで、せっせと はたらいて、冬じゅうの食べものを たくわえて おいたのですが・・・」  ありたちは 口ぐちに いいますと、せみは、さも、じまんそうに むねをはって、 「わたしたちは、一日じゅう、青い木の葉や 草のかげで、うたをうたって いたのですよ。」  と、こたえました。  それを きくとありたちも、すこし はらを たてて、 「それなら、なにも いまさら あわてる ことは ないでは ありませんか。この冬も、うたを  うたっておくらしに なったら、よいではありませんか。」  と、いいかえしました。 すると、せみは、はずかしそうにうつむいて、なにも いわずに かえりかけました。  その うしろすがたを 見ると、ありたちも なんだか かわいそうに なって、 「もし もし、せみさん。ちょっと おまちなさい。ほんの わずかですが あげましょう。」  と いって、食べ物を すこし わけて やりました。 「ありがとう、ありさん。ごしんせつは、けっして わすれません。」  せみは、うれしそうに おれいを いって かえって いきましたが、そのばん、ひどく 雪が  ふったので、やどなしの せみは、かわいそうに、とうとう みちばたでしんで しまいました。
このように、親切なアリに食べ物はもらえても、キリギリスは結局死んでしまう話もあるのです。 もちろん、底抜けに親切なアリもいます。小林純一 講談社 『イソップどうわ』
「ありさん、おねがいです。たべる ものをください。おなかが すいて しにそうです。」  ありたちは びっくりしました。 「きりぎりすさんじゃ ありませんか。なつの あいだは うたってばかり いたから、いまごろは  おどりを おどってでも いるかと おもって いたのに。さあ、どうぞ。」  そう いって、ごちそうを わけて あげました。
と、いうように、大変優しいアリなのです。しかし、こういった底抜けに親切なアリはどちらかと言 えば希な方で、久保喬 偕成社『イソップものがたり』のように、
 ありは、かわいそうに おもってたべものを やりましたが、 「きりぎりすさん、あなたは なつの ころ、どうして いたか おぼえて いますか。」 と、ききました。すると、きりぎりすは あたまを かいて、 「ああ、ぼくは あそんでばかりいました。」 「それ、ごらん。ひとが はたらくときに なまけて いる ものは、あとに なってこまるでしょう。」 「はい、あの とき、ありさんたちをわらった ぼくは まちがっていました。ごめんなさい。」  きりぎりすは あやまりました。
このように、アリの態度には多少の厳しさが現れます。更に、田中豊太郎 ポプラ社『世界名作童話全 集12イソップ物語』を見てみると、
「ありさん、おねがいです。なんでも いいから、すこしたべものを ください。おなかが すいて、 いまにもたおれそうです。どうぞ、おたすけ ください。」 「それは あげない ことも ないが、なつ わたしに いったことを、おぼえて いるかね。」 と、ありが いいました。  きりぎりすは、ただ だまって、おねがいするばかりでした。
と、いう具合に、アリの態度は更に意地悪になります。諭して食べ物を与えるという話なのですから、 アリにある程度の厳しさが現れるのは当然と言えば当然です。
 さて、1997年4月現在で、書店で手に入る、「助けてやる」話は次の2つしかありません。
名作アニメ絵本シリーズB イソップものがたり   1985  永岡書店  卯月泰子  イソップ物語 一年生 学年別おはなし文庫 2   1956  偕成社   土家由枝雄
これ以外は、既に絶版になっていて、入手不可能です。調査漏れを考慮しても、「助けてやる」話は、 5冊に満たないものと思われます。 図書館についてはどうかと言いますと、1980年以前に出版されたものは、大抵は書庫に保管されて おり、一般の開架で見かけることはほとんどないようです。 このように実際に調べてみると、「助けてやる」という話がほとんどである。というのは明らかに間違 いでありますし、仮に1970年代の作品を念頭に置いて論じていたとしても、波多野氏の作品を標準 に据えるというのは、あまり適切だとは思えないのです。
食べ物をやったかどうか判らないい話 ところで、アリとキリギリスの話には、「食べ物をやる話」と、「食べ物をやらない話」の他に、もう 一つ、この中間型とも言える話があります。  例えば、南家こうじ ひかりのくに、『イソップものがたり原作版アニメ名作絵本 5』では次のよ うな結末になっています。
「おなかが すいて しにそうです。 ありさん、なにか たべものを めぐんでください」   ありたちの いえの なかは、じめんの したで あたたかく、なつの あいだにためた たべものが  いっぱい ありました。 「きりぎりすさん わかったでしょう。あなたが あそんでいる あいだ、ぼくたちがいっしょうけんめ い はたらいていた わけがね」 きりぎりすは、さきのことをかんがえなかったので こんなことに なったのです。
この結末からは、キリギリスが食べ物をもらえたかどうかは、判然としません。挿し絵を見ると、ドアか ら顔を覗かせたキリギリスが、両手を組んで懇願しています。一方、アリたちはというと、一匹は手招き しているようであり、一匹はにらんでいるようであり、一匹は困った顔をしているようである。というよ うに、これまた非常に曖昧になっているのです。  これも原典からすると、いかにも日本的な変容で、「曖昧さを好む日本人」というようなタイトルが浮 かんできそうですが、しかし、実はイソップ寓話の原典にもこのような話があるのです。
  二四一 蟻と甲虫  夏の季節に蟻が田畑を歩き廻って小麦や大麦を拾い集めて、冬の自分の食物に蓄えていました。 と、甲虫が蟻の大変勤勉なのを見て、他の動物たちは仕事をやめて呑気に過ごしているちょうど その折りにえらく精が出るんだね、と驚きました。その時には蟻は黙っていました。しかし後で 冬が来た時に牛の糞が大雨に溶かされたので、甲虫は飢えて食物のお裾分けを願いに彼のところ へ参りました。と、蟻は甲虫に「ねえ、甲虫さん、私が精を出し、あなたがその私を非難した時 に、あなたが働いていたら、今食物にこと欠くことはないんでしょうがね。」と言いました。  こういう風に、盛んな折に将来のことを予め考えない人々は時節が変わった折にひどく不幸な 目に遇うものです。                         (山本光雄 岩波文庫 イソップ寓話集)

この結末からだけでは、この後、蟻は甲虫に食べ物を分け与えたかどうか判然としません。この話から すれば、南家氏の話が日本的変容とばかりは一概には言えないように思えます。 「蝉と蟻たち」と「蟻と甲虫」の類似点と違いにつきましては、『3.「蝉と蟻たち」と「蟻と甲虫」』 で、詳しく見てみたいと思います。   戻る



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