グリム童話 KHM5 オオカミと七匹の子ヤギ昔々、七匹の子ヤギを持った母ヤギいました。母ヤギは子供たちにもてる限りの愛情を降り注いでいました。ある日のこと、母ヤギは森へ食べ物を取りに出 かけなければならなくなりました。そこで母ヤギは、子供たち全員呼び集めるとこう言いました。「いいですか、お母さんはこれから森へ出かけなければなりません。だから、自分たちでオオカミから身を守らなければなりませんよ。もしオオカミが入って来 たら、お前たちは皆、皮も毛も全てむさぼり食われてしまいましすからね。オオカミはよく、変装をします。でも、お前たちはその、ガラガラ声とその黒い足か らすぐにオオカミだと分かるはずです。」 母ヤギがこう言うと子ヤギたちが言った。 「お母さん。僕たちは十分注意しますから、心配しないで、どうぞ森へ出かけて下さい」 こうして母ヤギは、メーと鳴くと、安心して森へと出かけて行きました。 それからすぐに、何者かが家の扉を叩きました。そして、「子供たちや、母さんだよ。戸を開けておくれ、お前たちのために、おみやげを持って帰って来ま したよ」という声がしました。しかし、子ヤギたちはそのガラガラ声から、それがオオカミだということが分かりました。 「扉など開けるものか」子ヤギたちが叫びました。「お前はオオカミだ」 そこでオオカミは店屋へ行き、たくさんチョークを買うとそれを食べ、優しい声に変えました。そして引き返して来ると、家の扉を叩き、「子供たちや、扉 を開けておくれ、母さんですよ。お前たちにおみやげを持って帰ってきましたよ」と言いました。しかし、窓に立っている黒い足を見て、子ヤギたちは叫びまし た。 「扉など開けるものか。僕たちの母さんの足は、お前のように黒くないぞ。お前はオオカミだ」 そこでオオカミはパン屋へと走って行くとこう言いました。「足を怪我してしまった。練り粉を足に塗ってくれ」 パン職人が足に練り粉を塗ると、オオカミは粉屋の所へ走って行くとこう言いました。「白い粉を俺の足にまぶしてくれ」 粉屋は、「このオオカミは誰かを騙そうとしているに違いない」と考えて断りました。するとオオカミが言いました。 「もし、嫌と言うなら、お前を食ってやる」 これには粉屋も恐れをなし、オオカミの足を白くしてやりました。実際これが世の常というものです。 こうして、この悪者はこれで三度目、やって来ました。そして扉を叩いてこう言いました。「子供たちや、扉を開けておくれ。お前たちのお母さんが帰って きたんだよ。森からおみやげを持って帰ってきたんだよ」 すると子ヤギたちは叫びました。「まず、足を見てよ。僕たちの優しい母さんかどうか分かるようにね」 すると、オオカミは窓から足を中に入れました。子ヤギたちはその足が白いのが分かると、オオカミの言っていることは、全て本当だと信じて、扉を開けま した。しかし、中に入ってきたのは誰であろう、オオカミだったのです。子ヤギたちは恐れおののき、隠れようとしました。一匹はテーブルの下に飛び込み、二 匹目はベッドへもぐりこみ、三匹目はストーブの中へ、四匹目は台所へ、五匹目は戸棚の中へ、六匹目は洗濯桶の下へ、そして七番目は柱時計の中へと隠れまし た。 しかしオオカミは子ヤギたちを全員見つけると、情け容赦なく、一匹一匹、丸飲みにして行きました。しかし、一番年下の、柱時計の中に隠れた子ヤギだけ は、見過ごしました。オオカミ満腹になると、外へ出て行き、草原の木の下にごろりとなると昼寝を始めました。 母ヤギが森から帰ってきたのは、それからすぐ後のことでした。 ああ、なんてことでしょう! 母ヤギのそこで見た光景とは・・・・・扉は大きく開け放 たれ、テーブルやイスや長椅子は投げ出され、洗濯桶はバラバラに壊れ、布団や枕はベッドからずれ落ちています。母ヤギは子供たちを探しました。しかし何処 にも見あたりませんでした。母ヤギは子ヤギの名前を一匹一匹、呼んでみました。しかし、誰も返事をしませんでした。しかし母ヤギが一番年下の子ヤギの所へ 来た時に、弱々しい鳴き声が聞こえてきました。 「お母さん。僕は時計の中にいます」 母ヤギが時計の中から子ヤギを抱きかかえると、子ヤギは母ヤギに、「オオカミが来て兄さんたちを全員食べてしまいました」と言いました。 さて、皆さんは、この時、母ヤギがどんなに嘆き悲しんだか想像できますね。 母ヤギは悲しみに暮れていましたが、ようやく外へ出て行きました。そして一番小さな子ヤギも母ヤギについて走りました。二匹が草原へとやって来ると、 木の所でオオカミが枝を震わせるような大きないびきをかいて寝ていました。母ヤギはオオカミのあちこちをくまなく調べました。すると、オオカミの膨れた腹 の中で、何かがもがき動いているのに気づきました。 「おお、神様」母ヤギが言いました。「まだ望みがあるわ、オオカミに飲み込まれた子供たちは、まだ生きているのよ」 そばにいた子ヤギは走って家へ行き、ハサミと針と糸を取ってきました。そして母ヤギは、この恐ろしいオオカミの腹を切り裂きました。すると、一切りす るとすぐに、一匹の子ヤギの頭が出てきました。そして大きく切り裂くと、六匹全てが次から次ぎへと跳び出てきました。子ヤギたちは生きていたばかりか、傷 一つ負っていませんでした。このオオカミは、食い意地が張っていたので、子ヤギ全員を噛まずに丸飲みにしたからです。 皆大喜びで、大好きな母さんヤギに抱きつきました。そして、水兵さんの結婚式のようにピョンピョン跳ね回りました。すると母ヤギが言いました。 「お前たち、大きな石を探しておいで、そして、この悪いオオカミが寝ている間に、お腹の中に詰めるのです」 こうして七匹の子ヤギたちは、大急ぎで、そこここから石を引っ張って来ました。そしてオオカミの腹の中へ詰められるだけ詰め込みました。そして母ヤギ が大急ぎで、開いた腹を縫いつけました。こうして、オオカミは何もきづかず、毛ほども動きませんでした。 十分に眠り満ち足りると、オオカミはようやく立ち上がりました。すると腹の中に石が入っているので、とても喉が渇きました。オオカミは水を飲もうと泉 へと向かいました。しかし歩き出すと、腹の中の石がそれぞれぶつかり合って、がちがち言うのです。オオカミは叫びました。 「なんだこいつは、ゴンガラゴン、ガンゴロゴン骨に響きやがる。六匹の子ヤギどもかな。でも、大きな石でも詰め込んだような感じだ」 オオカミは泉に着くと、水を飲もうとして身をかがめました。すると重い石に引きずられるようにして水の中へと落ち、そして溺れて死んでしまいました。 七匹の子ヤギたちはその様子を見ると、その場所へと走って行って、「オオカミが死んだ。オオカミが死んだ」と叫んで、母ヤギとともに、泉の周りを楽しく踊 り回りました。 この話は、グリム童話の中でも大変有名な話ですが、日本では、明治20年(1887)に、「八ツ山羊」という題名で、 呉文聡(くれあやとし)によって、翻訳されており、この作品が日本で一番最初に紹介されたグリム童話とされているようです。 ところで、グリム童話は、民話や寓話などに、グリムが色々と手を加え、本にまとめたもののようですが、実はこの童話にも、基となる寓話があります。そ れは次のような話です。 Marie de France 90 狼と子山羊昔々のこと、母山羊は、草を食べるために草原を見つけようと思った。母山羊は子山羊を自分の許へと呼び、これから言うことによく注意するようにと言った。 どのような動物も中に入れてはなりません 死にたくなかったら、我慢するのです。 奴らが何を言おうと、何と懇願しようとも、 私が帰って来るまで、誰も中に入れてはなりません。 母山羊はこう言って、森へと出かけて行った。 狼は母山羊がいなくなるのを見届けると、子山羊の許へと向かった。そして、扉を開けてくれるようにと懇願した。しかも、狼は、母山羊の声の真似をして言っ た。 子山羊は用心深くこう答えた。 お母さんの声は聞こえたのだけど、 身体はお母さんではないようだ。 「ここから消え去れ! この強盗め! お前はお母さんなんかじゃない。僕はちゃんと分かっているんだぞ!」 もしこの子山羊が、はいと答えて、狼を家の中に入れていたならば、 狼は子山羊を食ってしまっていただろう。 だから、賢い人たちは、用心を怠らず、悪者の言う事を信じてはならない。 そして、悪者の嘘に乗ってはならない。 しかし、我々はあらゆることに注意を払うことができるとは限らない。 であるから、偽善者や悪者たちは、いつもあなた方に悪い助言を与えようとするのだ。 Perry572 Ademar61 Romulus2.10 Gualterius29 Caxton2.9 TMI.J144 Type123 この話は、パエドルスの系統のイソップ寓話なの ですが、グリム童話が世界中を席巻するまでは、この話が広く流布していたようです。さて、この話が、ラ・フォンテーヌ寓話では、次のようになります。 ラ・フォンテーヌ寓話 4.15 オオカミと子ヤギ母ヤギは、垂れ下がったお乳をいっぱいに満たすため、遠くの丘へと草を食べに出かけることにした。 母ヤギは、家の扉に鍵をかけ、 心配そうに、子ヤギたちに命じた。 「娘たちよ、その目の黒いうちは、 この扉は、合言葉を言わぬ者には、 誰であろうと開けてはならないよ。 合言葉は、『オオカミとその眷属は死んじまえ!』だよ。」 ところがたまたま、そこへオオカミが通りかかり、 うまい具合に、その言葉を耳にした。 オオカミは大切な宝とばかりに、その言葉を記憶した。 言うまでもなく、母ヤギはそのことに気づかなかった。 母ヤギが行ってしまうとすぐに、 オオカミは、偽りの声と面持ちで、 叫んで言うには、 「オオカミとその眷属は死んじまえ!」 オオカミはすぐに中に入れるものと思った。 しかし疑り深い子ヤギが、 隙間から覗いて叫んだ。 「扉を開けてというのなら、 白い足を見せておくれよ!」 それは、無理な注文。 だって、オオカミはそんな色の脚など、 持っていないのだから。 こうして、びっくり仰天した、われらが大食漢は、 急いで引き返して行った。もう少し知恵がつくまでは、戻ってこないだろう。 もし子ヤギが、扉を開けていたとしたら・・・・、オオカミの合言葉を 信じたならばどうなっていただろうか? 二つの担保は、一つの担保よりも優れている。 時に無駄なように思えるが、注意するということは、それだけの価値はある。 ラ・フォンテーヌでは、子ヤギは、オオカミに白い足を見せるように促しており、グリム童話により近い話のようです。そして、これが、L'Estrange になると次のようになります。 L’Estrange 31 狼と仔山羊と母山羊ある朝、母山羊は新鮮な草を取りに外へ出かけようとしていた。その時彼女は、子どもに、自分が戻って来るまで、あご髭の生えていない動物が来ても、扉 を開けてはいけないと言った。彼女が見えなくなるとすぐに、母山羊の話を立ち聞きした狼が扉の所へとやって来た。そして、母山羊の声色を使って、自分を中 に入れるようにと仔山羊に呼びかけた。仔山羊は悪事の匂いをかぎ分けて入れるのを拒んだ。すると悪い狼は、自分のあご髭を見せた。こうして、扉は狼のため に開かれることとなった。教訓 : すでに知られている特徴を真似ないような詐欺師はいない。 L'Estrange では、子ヤギはオオカミに騙されて、扉を開けてしまっています。もそかするとグリムは、L'Estrange の話のように、子ヤギが、オオカミに騙されるバージョンの話を翻案したのかもしれません。 ところで、グリム童話では、子供の代わりに石をオオカミの腹の中に入れるのですが、これは、ギリシア神話のクロノスとゼウスの争を彷彿とさせます。 クロノスとゼウスクロノスは、父親であるウラノスの男根を大鎌で切り、自らが神々の王として君臨するのだが、しかしウラノスはクロノスに呪いの言葉を残した。それは、 「お前もいずれ、自分の息子に王座を追われるだろう」というものであった。クロノスはその言葉を恐れ、それが実現しないようにと、妻のレアが産んだ子供を次々に呑みこんでいった。レアは悲しんで、次の六人目に生まれる子供だけ は、なんとかクロノスの魔の手から逃れたいと思い、遠く離れたクレタ島へ行き、そこで赤ん坊を産むと、山の洞穴に隠し、赤ん坊の代わりに大きな石を布にく るむと、クロノスに渡した。クロノスはそれを疑わずに、その石を呑みこんでしまった。 このクロノスの魔の手を逃れたのが、オリンポスの神々の王となるゼウスであった・・・・・・・ Aesopus; Steinhowel, Heinrich; Brant, Sebastian. Basel: Jacob <Wolff> von Pfortzheim., 1501 ところで、「オオカミと子ヤギ」の話は、日本でも出版されています。しかもそれは、イエズス会の宣教師が持ち込んだ活版印刷機によるもので、1593年に 九州の天草で印刷されています。 エソポのハブラス2.27 (489.03--489.16)野牛(やぎゅう)の仔と、オウカメのこと。 野牛の母(はわ)
草を食らいに野に出(いづる)とき、子供に言い置く様(よう)は、「この穴の戸を内よりよう閉じていよ。何と外(ほか)より呼び叩くというとも、我が声
と、またこの様に叩かずは、粗忽に開くな」と言うて出た。オウカメ 母の野に出(で)た隙を狙うて来て、母の声を似せて、その戸を叩いた。野牛の子供
内から聞いて、「声は母の声なれども、戸の叩き様はオウカメぞ」と言うてちっとも開けなんだ。 註: 「野牛」は、ヤギのこと。「オオカメ」は、オオカミのこと。 葛飾北斎 北斎漫画 類話 AT 123 The Wolf and the Kids. TMI J144 Well-trained kid does not open to wolf. 日本の昔話 天道さんの金の綱 中国民話集 トントン、カッタン、サラサラ スペイン民話集 三匹の子山羊と狼 イギリス民話 三匹のこぶた リンク 2005/02/19 著作権は hanama が有します。 戻る |