イギリス民話と大岡越前とイソップ寓話

 
イギリス民話集(岩波文庫)という本に次のような話が載っていました。
 


 
ウェアとロンドンの間で財布を失くした商人

 
 ウェアとロンドンの間で、百ポンド入りの財布を失くしたさる商人、その財布を見つけ届け

てくれた者には、だれでも二十ポンドの謝礼を出す、といくつかの市場町でふれまわった。
 
 たまたま件の財布を見つけた一人の正直な作男、ウェアの町の代官のところへ届け、約束ど

おり二十ポンドをもらいたいと申し出た。
 
 これを知った強欲な商人は、見つけてくれた礼に二十ポンドを支払わねばならない羽目にな

ったため、自分の百ポンドの他に二十ポンド余計に取ってやろうとたくらみ、実はあの財布に

は百二十ポンドが入っていたと言い張った。長いあいだ争いつづけたあげく、この一件は名裁

判官の誉れ高いヴァヴァサウア判事の前に持ち出された。
 
 百ポンド入りの財布が原因の訴えだという報告を代官から受けた判事は、問題の財布はどこ

かね、と訊いた。「ここにあります」と言って、代官は財布をさし出した。
 
「中味はちょうど百ポンドかね?」と判事。
 
「はい、そのとおりです」と代官は答えた。
 
「よろしい、判決を下す」と判事は、財布を見つけた男に言った----「この金はおまえのも

のとして使うがよい。してもし今後、百二十ポンド入りの財布を見つけたならば、さっそくこ

の正直な商人のもとへ届けるように」
 
「それはわたしの金で。わたしの失くしたのは百ポンドきりです」と商人は言った。
 
「おまえの言い分は遅すぎた」と判事は言った。
 
 この話によって、他人をだましにかかる者は、しばしば自分をだます結果になることがお分

かりだろう。自らの掘った穴に自分から落ちることもあるということだ。

(イギリス民話集 河野一郎編 岩波文庫)



 
よく出来た話で、大変面白いのですが、河野氏はこの民話について次のような解説をされています。
 

イタリーやスペインに小話の形で伝えられているのと類似の話。イギリス版大岡裁きといったところ。
 

もしかすると、河野氏のこの記述は、大岡裁きの中でも有名な、「三方一両損」を念頭に置いてのこと

なのかもしれませんが、実は、このイギリス民話と大岡越前の「三方一両損」の話とは、関係があるか

もしれないのです。
 
元来、このイギリス民話は、スペインのユダヤ人医師ペトルス・アルフォンシ(12世紀初頭)が、著

した『賢者の教え』という本に収められている話なのですが、この本は、西洋で初めて、アラブ・ユダ

ヤのオリエント起源の説話を編纂したと言われる大変意義深い本なのです。
 
では、それと、大岡越前がどのような繋がりがあるのかと言いますと、……実は、この話は、イエズス

会の宣教師が日本に持ち込んだ、「イソップ寓話集」に含まれており、それが、17世紀の初頭までに

は、日本で出版されているのです。

話が散漫で、よく分からないと思いますので、この辺の事情を順を追って説明してみたいと思います。
 
 



・12世紀の初頭、スペインのペトルス・アルフォンシが、アラブ・ユダヤの説話を編纂して、
 『知恵の教え』を著す。
 
・15世紀の末、1480年頃、ドイツのシュタインヘーヴェルが、イソップ寓話集を出版する。この際、
 イソップ寓話とは関係のない、『知恵の教え』から15話を取り入れる。
 
・1483年、フランスのジュリアン・マショが、シュタインヘーヴェル版のフランス語訳を出版する。
 
・同1483年、イギリスのキャクストンが、ジュリアン・マショのフランス語訳を基に、英訳版を出版する。 
 先の、イギリス民話は、このキャクストン版が基になっていると思われる。
 
・16世紀、イエズス会の宣教師が、日本にイソップ寓話を伝える。
 
・16世紀の末?17世紀の初頭頃に、古活字版「伊曽保物語(イソップ物語)」が出版される。


 
 Aesopus; Steinhowel, Heinrich; Brant, Sebastian. Basel: Jacob von Pfortzheim. 1501
 シュタインヘーヴェル版 『見つかった財産についての判決』の挿し絵 

 

以上の流れが考えられます。
 
さて、日本の『伊曽保物語』には、この話が、イソップの伝記部分に含まれており、名裁きをするのは、

イソップということになっているのですが、この話を紹介する前に、大岡越前の、「三方一両損」を先

に見てみたいと思います。


三方一両損
 
 三郎兵衛という畳屋が、年の暮れの物入りに充てるため、三両を借り入れて帰る途中、落としてしまった。

それを建具屋の長十郎という者が拾った。小判と一緒にあった手紙によって、落とし主は、三郎兵衛のもの

と分かり、長十郎は暮れの忙しい中を四日も探し回って、遂に三郎兵衛を見つけ出したのだが、この男なか

なか強情で、一度落としたものは所詮わが身につかぬもの、お前さんが拾ったのは天からの授かり物だから

拾い得にしろといって受け取らない。建具屋も強情さにかけてはひけをとらない。受け取ってもらうまでは

おいそれとは帰らない。受け取れ、受け取らぬで大喧嘩となった。

 家主が仲裁に入っても双方聞き入れない。
 
 そこで町奉行書へ「恐れながら」と訴え出た。大岡越前守はこれを聞き、奇特なことと感心した。そこで

落とした三両は公儀の御金蔵に収められ、あらためて御上より双方に三両くださるから、ありがたく二両ず

つ頂戴せよと申し渡した。

 両人は不審に思って、二両ずつなら四両になるが、その一両の出所は、とたずねた。すると越前守は、奉

行も其の方たちの正直を喜んで一両出したから、長十郎は三両拾って二両もらうゆえ一両損、三郎兵衛は三

両落として二両もどったから一両の損、奉行も一両の損、これを「三方一両損」というと申し渡したので、

一同感心してありがたくお請けしたという。
 
(大岡越前 辻建也 中公新書 参照)
 
 



この話とイギリス民話を比べてみても、それほど共通点はありません。似ている点は落とした金にまつわる

裁判というだけで、内容などは全く違います。そこで次に「伊曽保物語」を見てみたいと思います。
 



上巻 第十三 商人金を落とす公事の事
 
 ある商人、サンにおいて、三貫目の銀子を落とすによって、札を立ててこれを求む。その札に曰く、

「此の金を拾いける者のあるにおいては、我に得させよ。その褒美として、三分の一を与えん」 となり。

 しかるに、ある者、これを拾い、我家に帰り、妻子に語って曰く、

「我、貧苦の身として、汝等を養うべき宝なし。天道、これをご覧あって給わるや」

 と、喜ぶこと限りなし。しかりといえども、この札のおもてをききて、

「その主すでに明白なり。道理をまげんもさすがなれば、この銀を主へ返し、三分の一を得てまし」

  と言い、彼の主が許へ行って、そのありようを語る所、主、俄に欲念おこって、褒美の金を難渋せしめ

んがため、

「我が金、もとは、四貫目ありき。持ちきたれるところは、三貫目なり。そのまま置き、汝はまかり帰れ」

 と言う。彼の者、憂いて曰く、

「我正直をあらわすといえども、御辺は無理をのたまう也。詮ずる所、守護職に出て理非を決断せん」と言う。
 
 さるによって、二人ながら、糾明の庭にまかり出る。二人の争うところ決し難し。彼の主、誓って「四貫目

ありき」と言う。彼の者は、「三貫目ありき」と言う。奉行も、理非を決しかねて、イソップに、「糾明した

まえ」と言う。イソップ、聞きて曰く、

「主の云う所、明白なり。それのみならず、誓いも立てているによって。真実これにすぐべからず。しかれば、

此の金は彼の主の金にてあらざるなり。その故は、落とす所の金は三貫目なり。拾いたる者にこれを給わりて、

帰れ」

 とのたまいければ、その時、本の主、驚き騒ぎ、

「今は何を包むべき。此の金は、我が金なり。褒美の所を難渋せしめんがため、私曲をかまえ申なり。あれは、

三分の一をば彼に与え、残りを我にたべかし」

 と云う。その時、イソップ笑って曰く、

「汝が欲念、乱れがわし。今より以後は、停止せしめよ。さらば、汝につかわす」

 とて、三分の二をば主に返し、三分の一を拾い手に与う。その時、袋を開いて見れば、日記即ち三貫目也。

「前代未聞の検断なり」と、人々かんじ給いけり。

(古活字版 飯野純英 校訂 勉誠社 参照)


話の内容としては、イギリス民話と同じなのですが、ここで注目したいのは、商人が落としたお金が、「三貫目」

という点と、商人が「元々四貫目入っていた」と嘘をいう点と、袋の中に「三貫目也」という日記が入っていたと

いう点です。これらの点が、「三方一両損」の話に妙に符合するのです。
 

ところで、この伊曽保物語の商人の強弁には、論理的な矛盾があります。

商人はお金を拾った者に「三分の一を与える」と公事するのですが、三分の一を与えると言うからには、三で割

り切れるお金を落としたに違いないのですが(実際落としたのは三貫目なのですが)……それを、正直者が三貫

目を届けると、元々四貫目あった。と嘘を言って、三貫目をそのまま置いて帰れ。と言うのです。
 
公事通り三分の一を与えるとするならば、四貫目の三分の一は、「1.333333333……貫目」と、割り切れぬわけで、

でも、少なくとも、1.3貫目は与えなければ約束違いということになりますから……正直者が三貫目持っていった

のですから、あと、「0.3貫目」は与えなければならないということになります。
 
と、まあ、こんな具合に論理破綻をしているのですが、更に、両者はこのお金を巡って裁判を起こしているのに、

その袋の中には、「三貫目也」という証拠の日記(書き付け)が入っていたわけですから、こんな馬鹿な話はあり

ません。
 
これらの矛盾を、うまく処理すると、大岡越前の「三方一両損」の話になるように思えるのです。まず、「三両の小

判と一緒にあった手紙(書き付け)」から落とし主を探し、そこで、受け取れ、受け取らぬ、という争いになり裁判

となるわけですが、これを、大岡越前が、四両にして、二人に、二両ずつ分け与え、自分も一両損した。と言って、

上手く割り切っているのです。

更に、日本の昔話には、大岡越前の説話と、イソップ伝の中間型と思われる話しがあります。



昔話タイプ・インデックス416『正直の徳』

@男が拾った財布の落とし主を捜していると、現れた悪党が、おれの物だが中身が足らぬ、とおどす。

A男が家を売って夜逃げをし大家に奉公すると、馬屋で金瓶を見つける。

B夫婦が後難を恐れてまた夜逃げをし、隣村の大家に奉公すると、また馬屋で金瓶を見つける。

C夫婦がまた逃げだそうとすると、わけを知った主人が夫婦を養子に迎える。
 


この話のABCのモチーフは、先の話とは関係がないようなのですが、@のモチーフの、「男が拾った財布の落

とし主を捜している」 というのは、大岡越前の三方一両損の話から来ているように思えます。そして、「現れた悪

党が、おれの物だが中身が足らぬ、とおどす。」 というのは、どうもイソップ伝の変形したもののように思えるの

です。  


ところで、大岡越前は、「三方一両損」という裁きをしましたが・・・・・・落とし主に一両与え、拾い主にも一両与え、

裁判官が手数料として一両貰えば、落とし主は、一両戻ったので、一両の得、拾い主も一両の得、裁判官も一

両稼いだので、一両得で・・・・・・「三方一両得」となると思うのですが……。
   

この他、このイギリス民話集に含まれる、「夢を見た三人の男のこっけいな物語」は、「伊曽保物語」の、上・十六

『伊曽保と二人の侍夢物語の事』に対応します。

以下に表にまとめてみました。
 
   

イギリス民話集 対応する話 
時計             ・ペリー版イソップ寓話集 623 『アテネの哲人』(Odo of Cheriton)
夢を見た三人の男のこっけいな物語 ・ペトルス・アルフォンシ『知恵の教え』例話19「二人の市民と農夫」
・キャクストン版イソップ寓話集 6.5 「三人の仲間の信義」
・伊曽保物語 上巻 第十六 「伊曽保と二人の侍夢物語の事」
あまんじゃく女房 ・ペリー682『あまんじゃく女房』
・L'Estrange(355)
ジャック・ハナフォード ・グリムKHM104 『ちえのある人たち』
ナイフか鋏か  ・ ペリー681『口答えばかりする妻』
ウェアとロンドンの間で財布を失した商人 ・ペトルス・アルフォンシ『知恵の教え』 例話17「黄金の蛇」
・キャクストン版イソップ寓話集 6.4「発見された金に関する裁判」
・伊曽保物語 上巻 第十三 「商人金を落とす公事の事」
井戸の中の月 ・Cf.ペリー9『井戸の中の狐と山羊』(Ch40)(パエドルス4.9)(Laf3.5)
(エソポのハブラス下.30)(伊曽保物語下.14)(Townsend32)(Charles33)(Houston82)
・Cf.ペリー408『井戸の中の兎と狐』
・『知恵の教え』23「農夫が狼にやると約束した牛と狐の裁決」
・キャクストン6.9 『狼と農夫と狐とチーズ』
・ロバート・ヘンリスン・イソップ寓話集10『月影で狼を騙した狐の物語』
・Cf.ペリー 593 『井戸の中の狐と狼』(Odo of Cheriton)
・ラ・フォンテーヌ 11.6 『狼と狐』
・ペリー 669 『キツネと月の影』
・Cf.パンチャタントラ3.01『象と賢い兎』
ビール樽に落ちたねずみ ・ペリー615 『ワイン壷に落ちた鼠と猫』(Odo of Cheriton)
三つの願い ・ペリー668 『三つの願い』
・グリムKHM87 『貧乏人とお金持ち』
・日本昔話通観 タイプインデックス 16 『三つのかなえごと』

その他は、イギリス民話集解説を参照下さい。

参考文献 

・中務哲郎訳 『イソップ寓話集』 岩波文庫
・ペリー版 イソップ寓話集
・伊藤正義訳 『キャクストン版 イソップ寓話集』 岩波ブックセンター
・西村正身訳 『知恵の教え』 渓水社
・鍋島能正訳 『ロバート・ヘンリスン イソップ寓話集』弓書房・鷹書房
・稲田浩二著 『日本昔話通観28 昔話タイプ・インデックス』
・金田鬼一訳 『グリム童話集』 岩波文庫
・音楽 PISTOLS ユナイテッド・キングダムは無政府状態だぜ

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